7話 買い物
俺こと宝塚石斗は多己荘を出てブリュンヒルデと横並びになって道を歩いていた。
天気は晴れていて買い物をするにあたって問題はなさそうだ。
さて、買い物に行くにあたって候補は2つある。
商店街とデパートだ。どちらで買い物しようかと俺は頭を悩ませている。
1つ目の商店街は多己荘から近くて顔馴染みが多いから安く買える。ブリュンヒルデが此方で活動するにあたって買い物しやすい状況を作るために自己紹介させておくのもいいかもしれない。
2つ目のデパートは商店街に比べたら多己荘から遠いがごく稀に掘り出し物があるんだよな。小さな店の集合体でもあるから一通り品物はそろえられている。
どっちにしようか……ここはブリュンヒルデに聞いてみるか。
「なあブリュンヒルデ、商店街とデパートのどっちかで買い物をしようと思うんだけどどっちがいい?」
「商店街とデパートですか? どう違うのでしょうか?」
どうやらブリュンヒルデの世界には商店街もデパートもなさそうだな。
「商店街ってのは市場みたいなところだな。店が道を挟んで横並びになっているんだ。デパートはなんていうか城の中に沢山の店があるんだ。」
「城の中に店があるんですか! それはすごいですね!」
「ああ、それでどうする? どっちに行きたいんだ?」
「そうですね……商店街にします。」
「意外だな、てっきりデパートのほうに行きたいって言うと思ったんだけど。」
「デパートも気になりましたがこちらの市場も気になりましたので是非見てみたいんです。」
「わかった。そういうことなら商店街に向かうとするか。」
行先も決まったことなので商店街に歩を進めることにした。
俺は今、世の中の男どもが羨ましがる状況にいる。
俺の横に絶世の美少女たる戦女神ブリュンヒルデと共に商店街に買い物に来たからだ。
周りの男どもの目はブリュンヒルデに向いている。
ブリュンヒルデに目を向けて歩いている男は電柱に顔をぶつけている。痛そうだ。
恋人を連れている男はその恋人に殴られていた。哀れなり。
さて、そんな連中はほおっておいて此方は買い物をさっさと済ませてしまおう。
「石斗、ちょっと聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「どうして周りの人間たちは私のほうを見ているのでしょうか? 私の顔に何かついていますか?」
どうやら自分の美貌については無自覚らしい。ユグドラシル銀河でもそうだったのか?
「そりゃブリュンヒルデが美少女だからだろ。」
「私が美少女? もしかして人間たちは私の顔を意識しているということですか?」
「そりゃそうだろ。そんだけ整った顔立ちしてりゃよほどのことがない限り意識すると思うぞ。」
顔だけじゃなくてスタイルも意識してると思うけどな。
「不思議ですね。」
「何が不思議なんだよ。」
「私は元の世界で人間の男に異性として意識されたことはありません。」
「えっ? 本当か? 冗談だろ?」
「冗談ではありません。神は人間とは違う種族です。故にお互い外見が似ていても別の存在として認識しています。ですから異性として認識することもされることはありませんでした。」
「そうなのか。じゃあブリュンヒルデからは周りの男どもはどう見えているんだ?」
「そうですね……特に意識するようなところはありませんね。」
「……そうか。」
ブリュンヒルデから見たら周りの男どもは意識する必要もない存在らしい。つまり魅力がないようだ。戦女神を振り向かせるためには何をどうすればいいのやら。
「因みにブリュンヒルデはどういった男が好みなんだ?」
「そうですね、恐らく強い人が好みなんだと思います。」
「それはどうして?」
「ユグドラシル銀河には戦女神に匹敵する存在、戦乙女たちがいます。戦乙女は総じて自分よりも強い男を好んでおりますので恐らく私もそうなのだと思います。」
「その戦乙女って何なんだ?」
「戦乙女は人間でありながら戦女神と同等の強さを持つ人間の女達のことです。」
「そんな超人たちがそっちの世界に入るのか。因みに戦乙女並みかそれ以上に強い男はいるのか?」
「いえ、見たことも聞いたこともありません。」
「じゃあもしかして戦乙女は生涯独身なのか?」
「そうですね。生涯を1人で終えた者たちばかりですね。」
どんだけ強い男を求めているんだよ。戦乙女になる=生涯独身は確定みたいだな。
そんなユグドラシル銀河マメ知識を聞いているうちにお目当ての衣服店に着いた。
ここは女性物だけを販売しているので男性はまず入らない。彼女に連れられでもしない限り。
「俺は外で待ってるよ。ゆっくり選んできたらいいぞ。」
「私はこちらの衣服に詳しくはないので石斗の意見を聞きたいのですが……一緒に選んでいただけませんか?」
「でも俺は男だぜ。女性物の衣服には詳しくないからあんまり参考にならないと思うぞ。」
「男性の意見も参考になると思いますからぜひ一緒に選んでください。」
そう言ってブリュンヒルデは俺の手を引っ張って店内に足を運んだ。
店内を見渡すと様々な衣服が目に入った。流石に人気の店だけあって品ぞろえは豊富であった。
「いらっしゃいませ。どのような服をお探しでしょうか?」
「彼女の服を探しているんですけどどれがいいのかわからなくて……」
そう言うと女性店員はブリュンヒルデのほうを見た。するといきなり鼻息を荒くした。
「何この娘! モデル顔負けの顔立ちに魅力的なスタイルの持ち主! 私の鍛えに鍛えたファッションセンスを試す時が来たのね!!」
どうやら美少女を見ると豹変するタイプの店員らしい。心なしかブリュンヒルデも引いている。
女性店員はブリュンヒルデを連れていき店の服を次から次へと着せていた。ブリュンヒルデは勢いにのまれ完全に着せ替え人形にされていた。
「次はこの服を! あっ、こっちもいいですね! これも着てみてください!」
結果的にブリュンヒルデの衣服選びは滞りなく進み、代金を支払って荷物を受け取り店を出た。
女性店員の顔はとてもつやつやしておりブリュンヒルデのほうは少しやつれていたが……。
「ありがとうございました! またのお越しを!!」
「なかなかパワフルな方でしたね。」
「そうだな。」
「次は何を買いに行くのですか?」
「日用品だな。歯ブラシとかコップとかは最低限必須だろ? 後はトイレットペーパーに洗剤かな。」
そう言って日用品を買いに行った。流石に今日一日で全部そろえることはできないので必要最低限のものをそろえることにした。商店街にある薬局に入って一通り購入した。
日用品の次は食材だな。
まずは八百屋によった。八百屋の親父とは子供のころからの付き合いでよく野菜を安く売ってくれる気さくな人だ。
「おう坊主、いらっしゃい。横の外人のお嬢ちゃんはお前のこれか?」
そう言って八百屋の親父は小指を立てた。
「違うよ。彼女はブリュンヒルデ。昨日から俺のアパートに住み始めているんだ。この町には来たばかりで不慣れだから俺が案内しているんだ。」
「ブリュンヒルデと申します。これからこの町でお世話になります。よろしくお願いします。」
「ほお、外人さんなのに日本語ペラペラだね。よっしゃ! こいつを持っていきな!」
そう言って八百屋の親父は野菜の詰め合わせをブリュンヒルデに渡した。
「あの、よろしいのですか? こんなにたくさんもらっても?」
「いいってことよ! 気にしなくていいぞ!」
ブリュンヒルデは俺のほうを見てきた。本当にもらっていいのか困っているみたいだ。
「親父さんが良いって言っているし、貰っとけ貰っとけ。人の好意は受け取っておいて損はないしな。」
「石斗がそう言うのなら。ありがたく頂戴します。」
この後もブリュンヒルデは商店街の人たちにそれはもう気に入られ色々と貰う羽目になったのであった。
こうしてすべての買い物を終え岐路に着くころにはすっかり夜になっていた。2人とも両手に荷物をたくさん持っている。
今日は晴れているのできれいなオーロラが見えた。
「すっかり遅くなっちまったな。」
「はい。申し訳ありません私のために……」
「いいんだよ。俺がやりたくてやったことだからさ。」
少なくとも俺は充実していた。誰かのための買い物なんていつ以来だろうか。
そう思っているとそれは唐突に起こった。世界が変わったのだ。いや景色は変わらない。なのに異空間にでも迷い込んでしまったかのような感覚に包まれた。
「なんだこれ!? いったい何が起きたんだ!?」
「これは結界! 石斗、気を付けてください! フォルスが来ます!」
なに!? フォルスだって!
「どういうことだブリュンヒルデ!」
「これはフォルスが張った結界。ここで襲うつもりみたいです!」