父はわがままだ
やっちまいました。
有りがちなネタです。
くれぐれも、真剣に読まないように(笑)
「ねえ、おとうさん」
「ん? なんだい?」
「おかあさん、どこにいったの?」
その一言が切欠だった。
手を繋いだ娘が不思議そうに私を見上げる。
思わず天を仰ぎ、溢れだしそうになる泪をぐっと堪える。
黒い礼服を着込んだ私たち親子は不慮の事故で亡くなってしまった妻の葬式を経て。
ふたり、トボトボと帰り道を歩いていたのだ。
夕映えを背景に、赤とんぼが漂う。
娘の疑問にどう返していいものか。
奴らは何も教えてくれず、ただひたすらに小さな羽虫を啄んでいた。
ふと、そんな悩みはとある看板が目に写り、私は娘へ厳しい現実を突きつける。
「……お母さんはもういないんだ。どこにも」
「……? ナニいってるの?」
まだ幼稚園児だからだろうか。
死の概念は理解できていないようだった。
可愛らしく首を傾げる仕草の我が愛しき娘。
サラサラの髪が秋風に靡く。
あどけない素振りの愛娘にぐうっと心を鷲掴みにされるも。
心を鬼にして、更に私はこう告げた。
「だけどね。父さん、母さんにもなるから……それじゃダメかな?」
いったい、自分でも何を言っているのやら。
── ダメだ。 こんなのは間違っている。
いくらさっき目にした看板から妙案を得たとはいえ、赦されざるべきではない。
それに、こんな無精髭をした母親が存在するなど万死に値する。
斯くして、娘はあっけらかんとするも。
やがて、天使のように微笑んだ。
「すごーーーい! おとうさん。おかあさんにもなれるんだ!!」
…………。
まさか、受け入れられてしまうとは。
呆然と立ち尽くす私に対して、今もなお満面の笑みを浮かべ、嬉々としてはしゃぐ娘。
ぴょんぴょんと飛び回り、傍らにあった何を表現しているか解らない彫像に話し掛ける。
「すごいんだよ! おとうさん、おかあさんにもなれるんだって!!」
無論、ヤツは黙して語らずも。
どこか、「おめでとう。よかったね」と慰めているようにも見えた。
「ほら。危ないから。こっちにおいで?」
はた迷惑そうにしていた其れは、背中に乗っかりペチペチと叩く愛娘を早く降ろすようにと主張する。
致し方無く。
両脇に手を滑らせて、私は娘を夕陽へと高く高くに掲げあげたのだ。
「……とうさん。 がんばるよ!!」
─── あれから、数年の月日が過ぎた ───
「ただいま~」
「ああ、おかえりなさい」
「手伝うよ。母さん」
「いつも、すまないねぇ」
「やぁ、娘さん。まだ若いのに立派だねぇ」
「ホント、ホント! ウチの娘にも爪を煎じて飲ませたいぐらいだよ~」
「ちょっと! 気持ち悪いことしないでくださいっ!」
「ものの例えだよ。ね? ママ♪」
とある町の一角でひっそりと佇む割烹。
馴染みの客を相手に、色気溢るる熟女が慣れた手付きで酒を注ぐ。
「と。とととっ」
「もう。娘をからかわないでくださいな♪」
紅潮した頬が、客の出来具合を示していた。
その様子を視ながら、私は酒の肴を都合する。
軽快な速度でまな板を叩き付けながら。
……あの人達は何も知らない。
いや、誰も知らない方が幸せだろう。
あなた達が恋い焦がれているその人は。
かつて、私の父親であったことを。
─── 私の父は、我がママだ ───
「ナニか言った?」
「ううん。何も。はい、出来たよ」
賑わいを見せるこじんまりとした割烹。
今日も今日とて、父は同性を騙しとるのであった。
酒の勢いで書き上げたので。
ああ。いつものことか(爆)