84 エンデュミオンの繭
ぴと……、とアルティエルの体全体が僕の体に触れた。
僕はそれをまったく拒むことができなかった。
「さあ、アナタ様、私と交わってください」
「ひえぇぇぇッ!?」
「アナタが地上の雌性体、二十八万個体に次世代を種付けしたのは知っています。私はその中でもっとも強い個体を生むために作りだされたのです」
その細長い腕が、足が、僕の体に絡み付いてくる。
「私の存在意義を完了させてください……」
これは困った。
もう二十八万人も妊娠させてるんだから別にいいじゃん。何今さら童貞臭い反応してるんだよ? とか言われそうだが、これはこれで僕にとって初めての状況だ。
何しろ敵から迫られているんだから。
ライレイやリズたちやレリスだって最初は敵だったが、そんな彼女たちと情を通じ合ったのは戦いを通し、決着がついてからだ。
決着がつけば、敵味方の関係は一旦消える。
敵でなくなれば彼女たちは魅力的な女性で、魅力的な女性だからエッチなこともする。
情が通じてしまえば、彼女たちは永遠の味方だ。
しかし今、このアルティエルは決着もつけず、敵のまま僕と交わろうとしていた。
それが僕にとってこの上なく混乱の種だった。
「放せ……!」
引き離そうとするものの、その力は弱い。
相手が女性である以上、僕の力でケガなどさせては大ごとだ。怒りによって灼熱化する『憤怒』の能力も、敵を悪と認識することで発動する『正義』の能力も、不発して燻っている。
『受け入れるのだ強き者。汝とアルティエルの配合の先にあるものこそ、究極の強さ。朕が長らく追い求めてきたもの。最強戦士が生まれるのだ!』
神は声を弾ませながら言った。
「ぐっ、お前……!」
『受精卵さえ得られれば、あとはそのデータを火のプラントに入力し、同DNAをもった最強個体を何十万と量産できる。さすれば朕は、これまで保有していた天界軍など遥かに超える真の天界軍を手に入れることができるのだ!』
だから、消したというのか?
この天界に生きていた天使をすべて。
『必要ないものは処分する。それが物事を整理する秘訣よ。朕が理想とする精鋭が揃おうとする今、惰弱な旧式など存在も許せぬ汚濁』
「何故……、そこまで強い兵士を欲する……!?」
ヴォータンに殴りかかろうとしたが、抱きついているアルティエルのために思うように動けない。
『すべてはラグナロクに備えるため』
「ラグナロク……!?」
『朕が補佐を務めし予言装置「ミーミル」が教えたのだ。遠い未来、烈火の巨人が朕の領土を襲い、朕もろともすべてを破壊し尽くすと。その最終戦争こそがラグナロク』
「…………ッ!?」
『しかし朕は滅びぬ。必ずや烈火の巨人こそを滅ぼして最終戦争を勝ち抜くのだ。そのためには何としても必要なのだ、朕が率いるべき最強軍団が!』
そんなことのために……!?
「そんなことのために多くの世界に侵攻し、罪もない人々を殺しまくったというのか……!?」
『何を言う、罪ならあるだろう』
大神ヴォータンは言った。
『弱い、という罪が』
「なん……、だと……!?」
『「弱い」。それこそあらゆる世界においてもっとも罪深い罪。汝らは「七凄悪」と称して七つの罪を並べるが、それにも増して「弱い」ということこそ許されざるものはない』
強さとは……、そう神は続ける。
『強さとは、もっとも尊い美徳だ。強ければ勝ち、すべてを手に入れられる。強き者ゴロウジローよ。汝もそうやって、朕が膝元まで登って来たのであろう?』
「ちが……!」
『だからこそ弱さは罪だ。弱ければ負け、何も得られぬ。すべてを奪われる。弱き者どもが天使に殺されたのも、弱さゆえの当然の帰結なのだ。死んで当然。弱き者など朕は必要とせぬ』
何を言ってやがるんだ……!
この世界の生命すべてが、お前にとっての要不要で存在を認められるなんて、あるわけないじゃないか!!
「……!?」
いつの間にか、蜘蛛の糸のようなものが僕の腕に絡まりついていた。
……いや、これは羽毛だ。
天使であるアルティエルの背より生えた翼から、細い細い羽毛が伸びて、僕の全身に絡まりついていた。
「ゴロウジロー様、共に一つになりましょう。そして子供を作りましょう」
『汝はアルティエル共々繭に包まれ、最強の兵士を生み出すだけの装置となるのだ。ただ交合だけを続ける機械となるがいい』
「『七神徳』『希望』の能力……、それは『不死』。老いることも死ぬこともない力を、アナタは私と一つとなることで共有するのです。そしてアナタと私の間に生まれる子供は、『憤怒』『正義』『希望』の力を備える。すべてを滅する力をもちながら永遠に死ぬことがない。まさに究極最強の兵士となるのです」
クソッ、クソッ……!
もがいても羽毛はもはやワタのような厚さになって僕を包み、完全に自由を奪う。
『憤怒』の力も『正義』の力も、彼女を相手にしては発揮できなかった。
『安心するがよい。汝を元にした最強兵団が完成した暁には、最初の標的は汝のいた世界にしてやろう。ラグナロクが始まる前の試運転は必要だ』
「貴様……!?」
それはまさか……、リズ、ヨーテ、他の皆、そしてライレイ。
僕の愛する女性たち、彼女たちが生む子供。僕のことを送り出してくれた両親や妹たち……!
皆殺すというのか!?
『言ったであろう、必要ないものは存在してはならんとな。朕が最強兵団の類似品など跋扈するのは許しがたい。汝が地上の汚物どもに仕込んだ無駄種は、より精強な汝の子たる新天界軍が一匹残らず刈り取ってやろうぞ』
目まで羽毛に包まれて、僕の視界は真っ白になる。
「ゴロウジロー様、不死たる私たちに意識など必要ありません。生殖機能だけを残して、二人で永遠の眠りにつきましょう……」
永遠の停止こそが不死だとでも言うのか!?
神の作りだした最高の美女と共に、僕は真綿の眠りに引きずり込まれていった。
二度と目覚めることのない眠りに。