83 最後の希望
天界最強の精鋭『七神徳』最後の一人、『希望』のアルティエル。
……ということでいいのか?
ソイツは実に奇妙な外見をしていて、全身黒く覆われていて輪郭が曖昧で、まるで影法師のようだった。
シルエットがそのまま立体化したかのような体から、とりあえず天使の証である翼が伸びて、両目だけが闇夜に光るネコの目のように爛々と輝いている。
『最強の天使』とヴォータンは自信満々だが、僕にはこれがそうだとは決して思えない。
『与えよう、汝のための神剣エルピスを……』
影天使は、自分の身長ほどもある大剣を受け取り、すぐさま僕へと斬りかかってくる。
僕はそれをよけようともしなかった。
肩口に深々と食い込むかに見えた大剣だが、結局それも先の『知恵』のヤツ同様、我が『憤怒』の灼熱で飴のように溶かされただけだった。
「ふん」
がら空きの腹部へパンチ。
その勢いのままに吹き飛ばされる影法師。
今まで戦ってきた『七神徳』たちと何も違いはなかった。
「ただの時間の無駄だな。ゴミ処理がしたいのなら自分の手でやればいいものを……」
結局のところ『七神徳』は、敵にもならないクズばかりだった。
唯一の例外はレリスぐらいのものだな。
彼女は遥かに実力が上の僕に対し、清濁を厭わずあらゆる手段を駆使して僕に挑んできた。
最後には自分の命すらも武器にして僕にぶつけてきた。
「せめて彼女並の度胸が他の『七神徳』にもあったなら、僕も随分苦戦させられただろうに」
『レリスだけではない。汝の母親フリッカもそうだ』
神がなんか言ってきた。
僕の母さんもレリスも、元は同じヴァルキリー。別名戦乙女とも呼ばれる。天使とは別の天界の種族らしい。
その違いは、天使が自分たちに逆らう者を虐殺抹消することだけが使命であるのに対し、ヴァルキリーは地上にいる強者の魂を大神ヴォータンの下へ届けるという特別な役目があるのだそうだ。
そうすると神が喜ぶから……、と僕に話したヴァルキリー・メイデは言っていた。
『この神にも予測し得ないことが起こる。ヴァルキリーは最初、魂を回収するだけのミツバチであった。最低限の能力、あとは強者を惑わす色香を搭載しただけで。性能そのものは戦闘タイプたる天使の方が圧倒的に上だった』
「は?」
『それがいつしか、いくつかの仕様変更を経た末に気づけばヴァルキリーは、天使と同等かそれ以上の能力を獲得していた。そのうち幾人かは「神玉」を得て「七神徳」に列せられるほどに。何故か? 朕はそのような機能をヴァルキリーには与えなかったはずだ』
そんなこと知るか。
いきなりの自問自答に調子が狂う。
『ありうるとすれば、地上との接触。それがヴァルキリーという種に何らかの紛れをもたらした。その役割上、ヴァルキリーどもは地上の生物と交流を持たぬわけにはいかぬ。その交流が、未知の刺激を与え進化を促した。『正義』のフリッカ。汝の母親のようにな』
ヴァルキリーであった僕の母さんは、地上最強の戦士だったオヤジと出会い、激しく憎み合って激しく戦い合った末に、愛し合うようになった。
そして僕が生まれた。
それは本来、『強者の魂を回収する』というヴァルキリーの使命に外れたものであるはずだ。
しかしその結果である僕は、この世界で誰よりも最強になった。
『そこで朕は試みることにした。ヴァルキリーに独自の進化を与え、挙句、汝という最高の成果をもたらした紛れを、今度は意図的に起こそうと。ヴァルキリーは、地上の生物と接触させるためあえて余分なものを与えた。性差という余分なものを。その余分を…………、天使にも与える』
「なにッ!?」
『さあアルティエルよ。繭を脱ぐには頃合いだ。その美しい姿を、絶対強者に見せてやるがいい!』
ヴォータンが言うのと同時だった。
影法師の表面を覆う黒い影が、一瞬にして霧散し、中から輝く乙女が現れた。
その美しさは目を見張るほど、
一糸まとわぬ裸体の肌は塩湖のように透明感をもって、黄金の髪と共に輝いていた。
「美しい……!!」
思わず言葉が出た。
心で思うだけでは足りないというほどに。
「これは……、ヴァルキリーか?」
「違います」
アルティエルがみずからの声を発した。
さっきまでの無言の影法師とは、まったく違う。
「私はあくまで天使です。戦闘性能ではヴァルキリーを上回る高機動型天使――、即ち大天使に、性別を追加搭載したのがこの私です」
女天使は、羽を広げてゆっくりとこちらへ接近してくる。
輝く裸体を惜しげもなく晒して。
「天界に蓄積された魂のデータは、強者を採取基準としていたため弱者と同義である雌性体のデータは皆無でした。そのため過去のヴァルキリー作成データから、フリッカ――、アナタのお母様のデータを呼び起こし、それを参考にして作られたのが私です」
なんと!?
たしかにどことなく母さんに似ているような……!?
「いかがでしょう? 気に入っていただけましたか? 習性によれば、地上の知性ある雄性体は、自身を生み出した母親に似た個体に惹かれやすいとのこと。それを考慮してヴォータン様に念入りに調整していただいたのです」
「何故そんな配慮を!?」
「それはもちろん、アナタの子供を生むためです」
ひえぇぇぇぇぇッッ!?
『強き者ゴロウジローよ』
神の野郎がなんか言い出した。
『汝は、「竜玉」と「神玉」も持たぬ身にありながら、父母からその能力のみを継承して自在に扱う。それは神たる朕にとってすら驚嘆に値する珍事。ゆえにこそその珍事を、もう一度繰り返す』
「どういうことだ!?」
『汝の「憤怒」「正義」に、「七神徳」最高の「希望」の能力を加えた次の世代。それこそ朕を満足させる最高の強者よ。ラグナロクを征服するための尖兵としてこれほど相応しいものはない!!』
なんか、戦いがまったく予想しなかった方向に!!
色々マズくないですか!?




