82 智とは愚の始まり
『七神徳』。
神から力を分け与えられた最強の七人か。
そう言えばまだ残りがいたっけかな?
僕を生んでくれた母さんは別として、邪悪の山で倒した『勇気』のハムシャリエル。
オークの都に潜入しつつ結局何やかんやで僕の妻になったレリスは元『愛』の七神徳か。
そのレリスに取り込まれて死滅してしまった『信仰』『節制』。
そして目の前にいるコイツ。
当初の予定では、真っ先に斬りかかってくる『七神徳』の残りメンバーをカチ割ってから神様のご対面のはずだったが、その神様が真っ先に出てきてしまったのでな。
すっかり存在を忘れてしまっていた。
「いかがです我が知略は? 正面からやり合えばそれなりに苦労しそうなアナタですが、こうして簡単に背後を取ることができました」
僕の背中に剣を突き立てながら、スプラウドとやらは言う。
その剣は、刀身の半分ほどが隠れて見えなくなっていた。
「……まったく、アナタたちオークとはバカな生き物ですねえ? ここは敵地ですよ? どこから襲われるかわからぬというのに、のんきにヴォータン様と会話とは。アナタたちは、喋ってる間は敵から攻撃されないルールがあるとでも思っているのですか?」
コイツの目は、まさに愚者を見下すように優越感に満ち溢れていた。
「私に言わせれば、アナタなど強いだけで知能の伴わぬただのブタ。私は『知恵』を司る『七神徳』です。ご存知ですか? ハムシャリエルが竜の住む山に降り立ったのも、その役立たずから回収した『勇気』の『神玉』でレリスが打った手も、私が授けた策なのです。……いわばアナタは、こうして私と対面する前から、私の知略に踊らされていたのですよ!!」
「ほう……」
「!? あっづッ!?」
突如スプラウドが、僕の体から離れて距離を取った。
僕の表面から発せられる熱に耐えきれなくなったのだろう。
「熱い……! これが『憤怒』の『竜玉』による能力。……ひぃ!?」
またも驚く天界一の智者。
「私の! 私の聖剣プロネーシスが! ……溶けている!?」
そう、ヤツが僕の体の中に突き込んだとばかり思っていた剣は、我が『憤怒』の灼熱によって溶かされただけだった。
刀身の中ほどから先が、ごっそり蒸発して消え失せた聖剣。
「敵が喋ってる間に攻撃してはいけない、か。……たしかにそんなルールはないな。しかしお前は、『ヒトの話はちゃんと最後まで聞きましょう』と母親から躾けられなかったのか?」
「ひ、ひい……ッ!?」
「たとえ敵同士であろうと、払うべき最低限の礼儀は払う。それができないからお前たち天使は、我が敵である資格すらないのだ」
「たっ、大神ヴォータン様お助けをッ……! べぶらッ!?」
バゴン、と。
次の瞬間『知恵』スプラウドは粉々に砕け散った。汚い肉片と血煙が散って、次の瞬間には何も残らなかった。
ヤツの中にあった『知恵』の『神玉』すら、ひび割れ粉砕されるのが見えた。
僕じゃない。手を下したのは。
ヤツの主であるところの神が、指先から上る煙を鬱陶しげに払った。
『ゴミが』
己の部下であるはずの天使に、いたわりのようなものは一切なかった。
『戦いを理解できぬ者に、朕は存在を許さぬ。戦いとは、ただ敵を殺せばいいのではない。闘争という己がすべてを曝け出すことのできる状況で、同じように思想実力すべてを曝け出した敵とぶつかり合い、己を変えるためのもの。それが戦いであろう』
「…………」
『敵の口から漏れ出る言葉すら、敵を知るための貴重なもの。己を高めるためにも、自分たちが何故戦うのかを知るためにも、聞き逃すことはできぬもの。それを弁えず不意打ちで勝ちさえすればいいとは、反射だけで生きる虫にも劣るわ』
「その虫にも劣るゴミを腹心に据えたのは、他ならぬお前だろう?」
今死んだアイツだけじゃない。
『勇気』のハムシャリエルも相当なクズだった。
クズには大抵クズの部下が就く者だが、そこのところどうかな?
『天使どもは皆そうだ。朕がいかなる改造を施しても、戦士の矜持も持てぬクズしか生産できぬ。朕はかつて、朕の剣となるべき最強の戦士をみずからのテクノロジーで生み出そうとしたが結果は無残であった。見ての通りに』
見ての通り、ね。
『ヴァルキリーに優秀な戦士の魂を集めさせ、魂の螺旋情報からもっとも優れた部分を採取し結集させても、理論値にもまったく及ばぬ。試みに朕が一部を植え付け、朕の力を分け与えてなお、出来上がるのは強力を持て余す下衆ばかりであった』
神の一部を植え付けられた、神の力を分け与えられし者。
つまりそれが『七神徳』か。
『結局朕は、自然の試練の中で強き種がひとりでに育つことを期待するより他なかった。天使は、そのための試練としてリサイクルするより使い道がなかった』
「お前の言い分にはあいかわらずツッコミどころしかないが、何度聞いても結局そこに戻ってくるわけか」
絶対の強者、究極の戦士を作りだす。とか。
「何故そこまで強いヤツを生み出すことに拘るのか、わからんな。お前は、自分のことを究極だと思っているんだろう? お前自身が究極で至高なら、それでいいんじゃないのか?」
『朕には必要なのだ。来たるべきラグナロクのために……!』
「?」
『数千年に及ぶ、朕の企ての結実そのものである強者ゴロウジローよ。しかし汝はまだ朕の満足には足りぬ。汝はこれより、朕による画竜点睛の一点を受け入れるべきだ』
大神ヴォータンは、上に向けた掌から淡い光を発する。
転移魔法らしいその光の内から、一人の天使らしきものが現れた。
大神の手にすっぽりと収まる手乗りの天使。しかしそれは神の方が見上げるほどに巨体ゆえだ。
実質的に天使のスケールは、僕とほぼ同じだろう。
『これは天界に残った最後の天使。火のプラントから生み出した量産品ではない。ヴァルキリーどもが集めてきた強者の魂を複合し、朕が今一度試みに作りだした最高傑作。これに……』
さらに虚空から現れる、光り輝く宝玉。
あれは……、『神玉』か!?
『朕が眼を七つに分けたうち、最高の力を持つ『希望』の『神玉』よ。この最高の肉体に宿れ……!』
光り輝く玉は、眠るように微動だにせぬ天使の体に沈み、次の瞬間、ソイツは起動した。
カッと見開かれる両眼。
『目覚めたな、究極最後の大天使、『希望』を司るアルティエルよ。さあ、そこにいる強き者とぶつかり合うのだ。この交わりの果てに、朕の望む最高強者は生み出されるであろう!!』




