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81 主神

 大神ヴォータン。


 これまで何度も話の端に上った、天界の王か。

 天界軍を指揮し、何万という天使の大軍を地上へと送り込んだ。

 天使たちによる虐殺、破壊も、すべてヤツの指示によるもの。

 つまりコイツが……!


「諸悪の根源というわけか……!」

『否、朕こそは諸善の根源である』


 悪びれもせず神は言った。


『神とは善、善とは神。善は神の行為あまねくすべてであり、この神が行えばいかなる醜行も煌びやかなる善となる。即ち、世の摂理なり』


 最初から会話ができるなんて期待していなかったが、想像以上だった。

 一応僕たちと同じ言葉は使っていやがるが、言葉の意味が、僕たちの知るものとはまるで違う。

「右」と言いながら左を向くヤツに出会った気分だった。


「これからお前を叩き殺すが……」


 僕も負けじと悪びれずに言った。「殺す」の意味ぐらいはそのまま向こうにも伝わるだろう。


「……一応聞いておくとするか、なぜ自分の天使たちのいる都市を滅ぼした?」


 僕が天界を滅ぼす一歩手前、僕の手でなく他の誰かの手で、天界にある都市は一つ残らず消滅した。

 すべてを焼き尽くす閃光の中に飲み込まれた。

 そんなことを実行できそうなのは、目の前にいる神とやらしか思い当たらない。

 しかも、天界にある文明らしきものが一つ残らず消滅していながらコイツだけが健在なのだ。

 容疑は固まったというべきであろう。


『もはや必要なし』


 容疑を認める過程すら省いて、神は言った。


『朕の目的は成った。このヴァルハラに作り上げしもの、塵芥の一片に至るまで。朕が目的達成のための道具にすぎぬ。使い道の失った道具は失せる。これも摂理なり』

「目的?」


 それは、僕の生まれ育った地上に攻め込んだり、そこに住んでいたいくつもの種族を滅ぼした理由も含まれるのか?


「お前の目的とはなんだ? 天使に地上を攻めさせて、何を成そうと企んでいた?」


 この頭のネジが四、五百本飛んだイカレが、単なる領土欲とか、あるいは独善の押し付けによって侵攻を発したようには思えなかった。

 こんなバカとの話など、するだけ無駄とはわかっている。しかし。

 ヤツの手で殺された多くの生命が、何故死なねばならなかったのか?

 その理由を、相手の独りよがりであろうとも知っておかなければいけない気がした。


『汝だ』


 神は、大木と見紛いそうな人差し指をまっすぐ僕へ向けた。


『汝こそがこの戦乱の果てに、朕が追い求めたものだ』

「何だと?」


 早速わけがわからない方向へ話が向かっていく。


『穏やかな日向の下では、苗は育たぬ。幹は細く枝は短く、惰弱な雑草にしかならぬであろう。ユグドラシルのごとく、太く頑強なる大樹を育てるには、乗り越えるべき困難を与えることが必要だ』


 ますますわけがわからない。


『ゆえに朕は、朕の意思を代弁し、手足となって動く天使軍を創造し、多くの世界へと放った。天使どもの侵攻を押し返し、蹴散らすことのできる強さを持った種だけが生き残る資格を持つのだ。そして強き種は、戦いを経てさらに強く鍛えられるであろう』


 神の隻眼が、僕をじっと見つめている。


『その果てが汝だ、朕が手足――、天使との戦いで極めの強さを得た地上種が、いつの日か次元の壁を乗り越え、朕が下にまで馳せ参じてくる日を、朕はずっと待っていた。何百、何千年と待ち続けた、今日という日を』

「お前の言っていることは依然としてサッパリだが、どうやら僕はお前のご希望に沿うことをしてしまったということか?」


 それは痛恨の至りだな。


「帳消しにするために、何としてでもお前のことを殺さねば」

『できぬことを声高に叫ぶでない』


 神は余裕だった。


『朕は汝を愛でておる。汝は宝石だ。何千年と続いた戦乱により、流された血が凝縮して作られた結晶だ。汝の強さは、今やこの神にも迫ろうとしておる。汝のごとき限界を遥かに超えた強者を、朕はずっと求めていた』


 そのために、天使たちに地上を攻めさせたというのか?

 生物は競争によって鍛えられ、淘汰によって強者だけを選別される。

 そうした状況を意図的に作り上げ……、いや、必要以上に苛烈化し、より強い個体を、より強い種を、限界を超えて生み出そうとしたというのか?

 それが神の目論見だったというのか?


「そんなことのために、どれだけの種族が滅ぼされた!? どれだけの世界が!?」

『弱き者に生きる価値なし、強者こそが生者』


 神はキッパリと言った。


『その極みこそが汝である。天使どもの侵攻に耐え、凡百枯尽くした不浄の地で唯一生き残る汚濁の種オーク。その最強の戦士と、朕の傑作が一つ『正義』の戦乙女との結合によって生み出された異個体。それが汝だ』


 僕のことか。


『長きに渡る天使とオークとによる戦いの結実。汝は、汝自身による戦いをも積み、素晴らしい資質を素晴らしい戦歴によって彩った。もう一度言おう、汝の強さは、今やこの神にも迫ろうとしておる』


 神はそれが無上の喜びであるかのように言った。

 競争淘汰の果てに神に匹敵する強者を生み出す。

 そのために天使を放ち、何百億という生命を轢き潰し、小さな幸せを壊してきたというのか。


『汝という結果が朕の前に来た以上、天使どもはもはや用済み。よって消し去った。今この謁見の場には、朕と汝だけがいればいいのだ』


「そしてこの私もおりましょう……!」


 ドスッ。

 突如、僕の背後を突き刺さる痛みが襲った。

 何者かが、後方から僕を剣で突き刺してきたのだ。


「何者だ?」


 僕は、僕の背後で嫌らしく笑う天使へ振り返った。


「我が聖剣プロネーシスの味はいかがです? 役立たずのハムシャリエルが持っていた聖剣アンドレイアとは比べ物になりませんでしょう?」


 そう言いつつ天使は、僕の背に突き立てた剣をゴリゴリと揺らす。

 もっと深く突き刺されと言わんばかりに。


「申し遅れました。私は天界最強の精鋭『七神徳』が一人、『知恵』を司るスプラウドと申します。最強にして賢明を兼ね備えたこの私を、ハムシャリエルやレリスのごときクズどもとは一緒にせぬことですね」

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