80 神の座
……で。
天使全員死にました。
「ふう」
軽く一息ついて、周囲の状況を再確認。
見渡す限り天使の死骸。面倒だから数えていないが、十万人はいたんじゃないかな。
天を衝くばかりに乱立していた水晶の塔も一本残らず倒れ、文明の極致を誇っていた天界の都市は、ただの焦土になり果てていた。
「さて……、次に行くか」
さすがに別の世界だけあって、天界は広い。
今僕が破壊した規模の都市は他にもいくつかあるようで、母譲りの翼で天高く上ると、地平線ギリギリのところに文明を思わせる灯かりが一つならず見えた。
「…………」
今ならなんか色々できる気がする。
僕は灯かりに向かって『正魔のメイス』の柄頭を向けると、そこから光弾を放った。
「撃てると思ったら出るもんだな」
光弾は、長く伸びて地平の向こうに落ち、大爆発の中に都市を飲み込んだ。
ヤツらがこれまでしてきたことが、そっくりそのまま自分たちの身に降りかかるのだ。
こういうことは深く考えないでやるに限る。
「さて……」
わかってはいたが、ライレイ始め二十八万人のオーク娘たちとのセックスは、僕に想像以上のパワーアップを与えていたようだ。
この分なら天界は、一日足らずで死の荒野。
それがいい、さっさと済ませて早くライレイたちの下へ帰ろう。
いい夫は、奥さんの作ってくれた夕飯を食べるために早く帰るものだ。
あと二、三ほど光弾を放って目に見える街を全部吹き飛ばし……。
ドオオォォォ……!
「ん?」
と思ったら、街が全部消えた。
僕はまだ何もしていないのに、大きな光に包まれてあらかた消滅してしまった。
眩い閃光があちこちで起こったかと思えば、凄まじい爆風と爆音。その音に何万という天使たちの断末魔が混じっていた気もする。
とにかく一瞬にして、天界の地表から文明と呼ぶべきものがごっそりなくなってしまった。
「……どういうことだ?」
不可解な展開に、一時呆然としていた僕だが、しかし一瞬にして原始時代に戻ってしまった天界に、たった一つ。
文明によるものが残っているのを見つけた。
街……、というよりは城だった。
何百という建築物の集まりではなく、たった一個の巨大な建物。
それだけで街一つ分に匹敵する規模を持っていた。
「……」
試しにその城へ向けて光弾をいくつか放ってみたが、いずれも途中で弾かれて、あらぬ地表を広範囲にわたって消滅させた。
「『来い』ってことか」
お招きとあれば行くしかあるまい。
こっちは客人だからな。おもてなしに主人の命でも貰ってやらんと。
僕は天の王城へ向けて、翼を羽ばたかせて飛んで行った。
* * *
目的地へ到着。
王城の屋上部分へ降り立つ僕。
見渡す限りには誰もおらず、まるで廃墟のようだったが、しかし確実に誰かいる。
城内に入る前の玄関口の段階で、奥から漂ってくるプレッシャーにも似た存在感。
「…………」
埒も開かないし入ってみるか。
そう思った瞬間だった。
王城の床を突き破り、一筋の閃光が放たれたのは。
即座に飛びのいてかわすが、閃光は屋上の床を貫いただけでは収まらなかった。
閃光は見る見る流れの規模を増し、屋上そのものを飲み込み、ついには城まで粉々にしてしまった。
結局、天界で最後に残った文明の名残りも、完膚なきまでに消え去ってしまった。
そして最後に残ったのは。
人とは思えぬ巨大な人だった。
「……ッ!!」
どれほどの巨大さだろう。
少なくとも過去に何度か遭遇した竜に匹敵する巨大な人。
厳かそうなマントや鎧をまとい、厳めしい表情をした髭もじゃの中年だが、とにかくデカい。
そんな巨人が、消滅した城の跡地から現れた。
「なんだ、お前は……!?」
言葉が通じるかどうかも不安だが、まず尋ねずにはいられなかった。
『朕を知らぬというか』
世界全体を揺さぶるような声だった。
口から発した声ではない。魔法か何かでこの辺全体の空気を揺らしていた。
『朕を知らぬままにヴァルハラへ攻め入ったというか。何と言う不敬、何と言う浅慮。しかし、その暗愚、今は勇猛として愛でてやろう。神たる朕の御名において』
「神……!?」
『いかにも、朕は神なり』
その時になって初めて気づいた。
この巨人の顔には、目が一つしかない。
左目であるべき部分には、ぽっかりと黒い空洞が広がっていた。
かつてどこかで聞いた。
天界最強の精鋭『七神徳』を生み出す『神玉』は、神がみずからの目をくり抜き、砕いて七つの破片に分けたものだと。
『よくぞここまでたどり着いた。天の『正義』と、地の汚らわしき罪との間に生まれた雑種よ。汝という偶さかを神がみずから讃えよう』
その巨人は言った。名乗った。
『朕こそがヴァルハラの主、大神ヴォータンである』




