07 玉砕
「違いますが」
既に名乗ったって言うのに何、ヒトの名前を間違えてるんだ?
僕の名前はゴロウジローだって言っただろう。
「しかし……! アナタの能力、戦い方、いずれも伝え聞く『憤怒』の軍団長イチロクロー様と同じものフゴ! 関係がないとは思えないフゴ!!」
「そりゃ能力はオヤジ譲りだし、戦い方もオヤジから叩きこまれたしな」
「オヤジ……!? ではアナタ様は、イチロクロー様のご子息フゴ……!? は、ははーッ!!」
いきなりライレイ、武器を捨てて地面にひれ伏した。それに続いて外野のザコオークどもも平伏する。
「何のマネだ?」
「知らぬこととはいえご無礼いたしましたフゴ。我ら『憤怒』の軍団は、元々は軍団長イチロクロー様に服従するものフゴ。そのご子息たるゴロウジロー様にお手向かいいたしていたとは……!」
「何のマネだと聞いているんだ」
僕の冷然たる一言に、オークたちは固まった。
「僕とお前たちは敵同士。そして僕はお前たちを殺すと決めた。お前たちも戦士を自称するなら死ぬ時は立って死ね。土下座した相手を潰すなど趣味じゃない」
「……あ、アナタのお父上たるイチロクロー様は、かつてオーク軍最強の戦士でしたフゴ。オーク軍、七つの軍団の一つを預かり、同時に『七凄悪』の一つ『憤怒』称号もいただいていましたフゴ」
「…………」
「しかしある時、イチロクロー様は忽然と姿を消してしまったフゴ。以後、イチロクロー様に比肩する戦士も現れず、『憤怒』の軍団長は不在。中隊長でしかない不肖私めが、やむなく軍団長代理を務めていましたフゴ。……失礼ながらお父上、イチロクロー様は……?」
「オヤジは引退した。もう軍に戻るつもりはないとさ」
「で、ではどうか! ゴロウジロー様に我ら『憤怒』の軍団の長に! 強き者こそ王者に相応しく!」
「わからんヤツだな」
空気が、温度を上げる。
その原因は僕自身だとわかっている。
「僕はお前に、戦士として死ぬ機会をやっているんだ。その気がないなら地に這ったまま、畜生として死ね」
『正魔のメイス』を振り上げる。
コイツらの所業、主張は、「オーク滅ぶべし」と断じるに充分だった。コイツらを皮切りに、この鎚はオークの血と脂で染まるだろう。
「お待ちくださいフゴ!」
ライレイが必死の声で叫んだ。
「殺すのであれば、どうか私のみを殺してくださいフゴ!! 他の者たちはお見逃しくださいフゴ!!」
「ダメだ。全員死ね」
「私は! この体勢のままに死にますフゴ。戦士でなく畜生として死にますフゴ!! 我が命と戦士の誇りを引き換えに、部下たちの助命を願いますフゴ!」
その言葉に、振り下ろそうとしたメイスが止まった。
このライレイ。少なくとも戦士としては最低限の誇りを持った男だ。これまでの言動、強さを見てもそれは明らか。
その誇りをかなぐり捨てて、部下を救おうというのか?
誇りを失うことは、戦士として死ぬより辛いことだろうに。
「私は、実力足りず資格ないクセに、軍団長不在という理由で『憤怒』の軍団を指揮してきましたフゴ。その責任は果たさなければいけないフゴ」
「頭目としての責任は、戦士の誇りに勝るか」
「ゴロウジロー様には、私を殺したあとに考えてほしいフゴ……! 『憤怒』の軍団長になることを。アナタにはその真の資格があるフゴ!」
…………。
…………参ったな。
無私の心か。今のライレイには自分を一切顧みず、自分の部下と軍団を思いやる気持ちしかない。
滅びるべきクズ種族にはありえない献身の心ではないか。
「ライレイ、それと他のヤツら、立て」
「あの……!」
「立たなければ土下座のまま全員潰すぞ。立て」
その言葉に観念し、ズルズルと立ち上がる。
「ライレイ。お前の攻撃は効いたぞ」
「はっ? しかしフゴ……?」
「自分をかなぐり捨てた必死の思いがな」
僕はオークを滅ぼそうと思った。
惜しむべきものなど何もない種族だと思ったからだ。
しかし今のライレイの態度に、惜しむべきものを見つけてしまった。
どうすべきか悩む。
「考えることをやめてしまえば『正義』は独善に陥る」。母さんの言葉が蘇る。
「お前たちは殺さない。しかしそれでは困ることがある」
「えー?」
コイツらに、自分を犠牲にしてでも仲間を守ろうとする心があるとしても、種族の在り方として女性を凌辱の対象としか見なさないのは問題だ。
「妹たちを守りたい」という僕の第一の目的に適わない。
「そこでだ、お前たちを生かしつつ、僕の願いを満足させる折衷案を取ることにした」
「折衷案って何フゴ!?」
「願いって何フゴ!?」
オークたちは涙目だ。
「ライレイ」
「は、はいフゴ」
「部下たちを生かすためなら、お前は何でもできるな」
「この命差し出してもいいフゴ」
「よく言った、ならば貰うぞ」
僕は『正魔のメイス』を振りかぶった。
目標に定めたものを叩き潰すために。
メイスの柄頭は走る。いわばU字の軌道に。一度下降し、地面を舐めるよう通り過ぎてから、上へと突き上げる。
それは相手の体の下の部分を狙うために。
ライレイの下半身。
股間めがけて。
「あぎょーーーーーん!?」
まぎん、と、二つの玉が潰れる手応えがした。
これが僕の考えた折衷案。
命は取らずとも玉を取れば、コイツらはもう誰にも乱暴できない。でも命は存える。
これからは、殺すに忍びないオークにあったら全員玉を潰すだけに留めよう。
平和的解決じゃないか。
「さー、残りのヤツらもサクサク潰そー」
「「「「「「「ヒィィィフゴーーーーーーーッッッ!?」」」」」」」
逃げる暇も与えなかった。
まぎん、まぎん、まぎん、まぎん、まぎん、まぎん、まぎん。
『正魔のメイス』は次々と、あやまたずオークたちの股間に飛び込み、その間にあるものを的確に潰す。
全部潰し終るのは瞬く間のことだった。
痛いとは思うが、これも女性に乱暴を働こうとした報いと耐えてもらおう。
それを乗り越えて、お前たちは……。
ん?
ん?
んんんんんんんんん?
突如、驚くべき変化が起こった。
股間にあるものを潰され、痛みに悶え苦しんでいたオークたちの体が、変化し始めたのだ。
痛みで苦しいからだとか、ケガで変調をきたしたとかでは説明がつかない劇的な変化だ。
肥満体オークの、でっぷりした波打ち、体の上を大移動始める。体型が、骨格が、肌の色が、体毛が、見る見るうちに変化していく。
まったく別物に。
そして……。
体を思い切り変化させたオークの一人が、スクッと立ち上がった。
でもその人物に、僕は見覚えがなかった。
すっかり姿が変わっていた。
「……ゴロウジロー様。お慈悲を、お慈悲をありがとうございます!」
「いや待って、キミ誰?」
「ライレイでございます!」
そんなわけがない!
僕の知っているライレイは、醜くも雄々しいオークだったではないか! 鼻もブタみたいに潰れていた!
しかし今、自分をライレイだと名乗る彼女は……、彼女は……。
可愛い女の子じゃないか!!
鼻筋もスラッと通っている!
「はい! 睾丸を失うことでメス化したライレイです! これからは奴隷としてゴロウジロー様にお仕えせよということですね! 誠心誠意服従させていただきます!」