74 ニルヴァーナの再生
戦いは終わった。
できる限り、被害を小さく収めたかったのだが、最小限でも山がいくつか吹き飛んだなー。
これから力の扱いには気をつけんと。
「ゴロウジロー様! あそこに!」
探し物があって焼け跡を進むと、同行するライレイがいち早く見つけてくれた。
レリスだ。
さすがに全身大ダメージを負って、焦土に大の字でへたばっていた。
「おーい、レリスー? 大丈夫かー?」
駆け寄って顔を覗き込むと、かすかにこちらに反応して目線が動いた。
生きててよかったが、意識まで残っているとは凄まじい。
「……み、見事ですゴロウジロー様。万全に万全を重ねて挑んだつもりでしたが……、ここまでアッサリと叩き潰されるとは……!!」
「自分を強くする余裕を作れば、相手にもその余裕を与えるってことだ。僕をただの最強だと見縊ったことが、キミの敗因だな」
ライレイとのセックス。ライレイとの結婚。
そして他の多くのオーク娘との結びつきが僕の男を磨き、さらなる力を与えた。
その力の前では、情を伴わない理屈だけの勝算は、引っかけられた小便程度にもならない。
「そんなことより、ケガは大丈夫か? ケガしないように手加減はしたつもりだけど……!」
「あんな天を割り地を砕くような超攻撃の、何処が手加減なのです……? 全身が痺れて感覚がありません。痛いかどうかもわからない。気を抜いたらその瞬間にも死んでしまいそうです」
これはいかんな……!
レリスがここまで弱音を吐くとは。
「ライレイ。レリスの手当てをしよう。まず骨に異常がないかたしかめてから、オーク城に運んで……!」
わかりました、とライレイも即座に同意する。
しかし僕の意思に逆らう者がいた。それは他でもない満身創痍のレリスだった。
「おやめください。私はどうせ助かりません」
「キミらしくない弱気さだな。この程度のケガで死ぬ気か? まさか敵の情けなんて言うつもりじゃないだろうな」
命乞いで体をも差しだすのがレリスだろうに。
急に潔くなって。らしくないぞ。
「そうではありません。私はどの道助からないのです。アナタから受けた傷のせいではなく、自分自身の愚かさで……」
ピシリと、レリスの顔に亀裂が入った。
生命の負うケガとはとても思えない破損に、僕の手が止まる。
「……『神玉』『竜玉』。どちらも一個の生命に分際を超えた力を与えるもの。その玉を二つどころか六つもこの身に取り込んだのです。反動が来るのは当然のこと……!」
亀裂があちこちに広がっていく。
それはどうしようもない破滅を僕たちに予感させた。
「ゴロウジロー様! この肉の塊をレリス様から引き離しましょう!」
「そ、そうだな!」
レリスがまとっている肉の鎧は、『竜玉』『神玉』を身に宿したオークや天使の肉で作られたものだという。
これを切り離せば、『竜玉』『神玉』との繋がりも断てて、蝕む反動も消えるはずだが……!?
「切り離せない……!?」
おぞましき肉塊は、レリスと完全に癒着して分離不可能だった。
「アナタに挑み勝っても、私はそこで終わり、ということはわかっていました。そこまでしなければアナタに勝てないのはわかっていましたし。他人から奪い、その力を利用するのです。この程度のしっぺ返しはあって当然……」
亀裂はどんどん広がっていく。
止めようとしても、止める手立てがない。
「しかし、まあ悪くはありません。所詮私たちはプラントで生産された大神ヴォータンの道具。ヴォータンのために役立ち、ヴォータンのために死ぬべき存在。私もその定理に沿って生きましたが、その範囲内で楽しい思いもできました」
レリスは笑った。
その笑みは、彼女にしては珍しく妖艶さのない、赤子のような笑みだった。
「特にゴロウジロー様。アナタと出会ってからの密かな攻防は、私の知らなかった充実さを私に与えてくれました。お礼と言っては何ですが、私がせしめた『色欲』『嫉妬』『怠惰』の『竜玉』、アナタにお返しします」
「そんなものいるか!!」
僕は能力を解放し、肌の温度を急上昇させた。
この熱で、レリスにへばりついている肉塊だけを綺麗に焼き尽くす!!
「……無駄ですよ。この肉塊は『色欲』の能力で私と完全に一体化しているのです。『愛』の能力との併用でDNAすら一致している。これと私を分けることなど……!」
「うるさい! 黙っていろ!!」
レリス。お前には言いたいことがたくさんあるんだ!
今まで僕のことを騙しやがって。オークだと思っていたのにヴァルキリーだったとか。
それにメイデのことを利用して、僕は物凄く頭に来てるのに、お前は言葉の端々で気に病んでるような素振りを見せるし。モヤモヤするんだ!
その上ことあるごとにおっぱい丸出しで迫ってくるし、童貞だった時どれだけその美乳に惑わされたか!
死ぬんならせめて、セックスして僕の子供を生み育ててからにしろ!
「ゴロウジロー様!」
ライレイも、崩れかけたレリスの体に手を置く。
「私の『竜帝玉』で、レリス様の体から『竜玉』や『神玉』を抜き取れないか試してみます!」
おお! いいな、やってくれ!
「……徒労ですよ。その対策を私がとっていないとでも思ったのですか? 取り込んだ者たちの肉は混ざり合って、簡単には識別できないようにできています。それが出来なければ『神玉』『竜玉』を還元し、抜き取ることなど不可能。あらかじめパスを知っている私だけが……」
「だまっていなさい!!」
「ぶふッ!?」
両手が塞がっているライレイ。
レリスの頭をまたぎ、尻を押し付けることで彼女の口を塞いだ。
「敵味方など関係ない! アナタだってゴロウジロー様の女です! ゴロウジロー様が自分の女を助けられずに死なせてしまうなんて絶対に許さない! 王妃の私が許さない!」
わかる。
ライレイは『竜帝玉』を全開にして、レリスの中にある六つの毒を識別しようとしている。
その作業が終わるのが先か、レリスの命が燃え尽きるのが先か……!?
「ッ!? ゴロウジロー様!!」
ライレイの、何かを掴んだような叫び。
「玉全部の識別はまだですが、『竜帝玉』が『色欲』の『竜玉』とリンクしました。レリスの体を通して、私の意思で『色欲』の能力を使うことができます!」
「何だって!?」
『色欲』の能力。それは生体を自由に操ること。
その力で、レリスの崩壊を止めることが、できる?
「大量のエネルギーを送ってレリスの細胞を活性化させます。そうして崩壊を食い止め、回復させる……! そのためのエネルギーを、ゴロウジロー様、アナタからください!!」
「よしきた!!」
僕は、灼熱で肉塊を焼き消す作業を続けたまま、ライレイと口づけを交わした。
口移しで、ライレイに僕の生命エネルギーを送り込む。
そしてそのエネルギーは『竜帝玉』から『色欲』の『竜玉』を経て、レリスの全身へ……。
「んー! んんーーッ!!」
暴れるな!
僕は覆いかぶさるようにしてレリスを抑え込んだ!
絶対に助けるぞ、オーク王の誇りに懸けて!!
余計なものを僕が焼き尽くし、必要なものはライレイが片っ端から再生させることで焼き残す。
このあまりにも乱暴な型抜き作業で、肉塊のバケモノだったレリスは少しずつ、元の形を取り戻していった。
途中、何か硬くて丸いものがレリスの体から零れ出た。
神玉だった。
『愛』『信仰』『節制』、どれかは知らないが、こんなものいらないので片手で潰して粉々にした。
それら繰り返されること計七回。
その頃には、レリスの体は大分縮まって、ほとんど元通りになっていった。
やがて……、
* * *
……朝になった。
その頃には僕もライレイもさすがに疲れ切って、キスする舌も痺れて疲れてきた。
「あ……、あの、ゴロウジロー様」
「うん」
唇を離して、ライレイが言う。
「そろそろ大丈夫なようです、レリスから体を離して……、ひゃんッ!?」
ライレイが顔を離して飛び上がった。
「レリス! アナタ、私のどこを舐めてるんですか!?」
「そのでっかいお尻で顔を抑えてくるんだから、仕方ないでしょう? ご馳走が目の前にあったら、一舐めしてみたくもなります」
うん、そうだね。
ではなく。そんな憎まれ口を叩くことができたということは、レリス復活できたのか?
助かったのか!?
一晩通して力を解放し続けた甲斐はあったということか!
「まったく……、完全な私の負けですね」
大地に横たわりながらレリスは言った。
その身は、最初に出会った時とまったく同じ、豊満で妖艶な美女の体。
しかも肉塊を脱がせた影響か、僕たち同様全裸だった。
……今にして思えば、僕らこの戦いずっと全裸でしていたんだな。
「ゴロウジロー様、無様に生き永らえたこの身。勝者であるアナタにすべて捧げますわ。生かすも殺すも、すべてアナタの御心のままに」
「ここで殺すようなら、最初から必死に助けたりはせんわ」
僕たち三人の周囲は、高熱で溶けた肉塊で酸鼻を極めていた。
それでも、昇る朝日の爽やかさは格別だ。
「『愛』の神玉も再生の途中で抜き取られてしまいましたし。どうやら私は完全に、『色欲』のレリスでしかないようですわね。オーク王に忠誠を誓うより、他に道はないようです」
そうしてくれ。
ライレイも満足そうに微笑んでいた。
こうしてまた今回も、僕たちは天界軍の攻撃を退けた。……ってことでいいのか?
「それでですね、ゴロウジロー様……!」
レリスが、急にモジモジしだした。
なんだ?
「その、私の体の中に入っているものが、ですね……!」
ん? ……あッ!?
レリスを抑えつけていた時にドサクサで!?