73 一撃二十八万倍
「まだです!」
ライレイの気迫が、レリスに向けられる。
「私にやれることはまだ残っている! すべてをやり尽さないうちにゴロウジロー様にすべてをお任せすることはできない!」
重圧が、またもやレリスを襲う。
しかし『竜帝玉』が一度に無効化できる一人の能力は、一種まで。一人で六種もの能力を内包するレリスを完全無力化させるには至らない。
「すべてを無効化させなくてもいい……! でもあらゆる物事には、すべてを繋ぐ中心点があり、そこを突くだけで事実上すべてを崩壊させることもできる。アナタにおける中心点は……、『色欲』の力!」
そうか。
『嫉妬』『怠惰』『信仰』『節制』。元々彼女のものではない四つの能力は、それを持つ他者の肉体ごと奪って取り込んだものだという。
宿主の体の中に溶け込んだ『竜玉』『神玉』を取り出すことができるのは『竜帝玉』だけだから、それを奪うには宿主の体ごとするしかなかったのだろうが。
それを可能にしたのが、『色欲』の能力。
もし『竜帝玉』で『色欲』の力を無効化すれば、その力で形作られたあの肉の鎧も崩壊するかもしれない。
「フフッ……、残念でしたね」
「……ッ!?」
やはりダメか……!
「要点を見抜いて攻める。順序としてはこれ以上なく正しいですが、それゆえに対策も立てやすい。私の場合、中心をもう一つ用意させていただきました。まだ説明しておりませんでしたね。私が持つ最後の力『愛』の能力を」
『七神徳』の『愛』……!?
「『色欲』同様、私自身が最初から持っていた『神玉』。その能力は、生体の元となるDNAの書き換えを行うこと。生体を直接操作する『色欲』の能力よりも迂遠的かつ根源的ですが……。現れる効果に大した違いはありません」
「つ……! つまり……!」
『色欲』の力を封じても、『愛』の力がその代用を果たすということ……!?
『愛』の力を封じたとしても同じ……!?
「ゴロウジロー様のもつ『正義』と『憤怒』もそうですが。『七神徳』と『七凄悪』には表裏を同じくする徳と罪がある。私の『愛』と『色欲』も同じ。呼び方が違うだけで結局は同じもの。……ですが!」
瞬間、レリスから凄まじいパワーが放出される。
今まで見てきた中でももっとも大きい、竜にも匹敵しそうな超パワー……!?
「玉の力としては、二つ合わされば二倍のパワーが生み出せる。三つ合わされば三倍……! 四つなら四倍!! 『色欲』『愛』『嫉妬』『怠惰』『信仰』『節制』! 六つの玉を持つ私の力は通常の『七凄悪』や『七神徳』の六倍なのです! ゴロウジロー様!!」
狂おしく僕の名を呼ぶ。
「アナタはこれまで二種の力、二倍の力で最強を誇ってきましたが、私はそのさらに上を行くのです! アナタの最強伝説もここまで! 単純な上位存在である私の前に砕け散ってください!」
「あ……、ああ……!?」
その凄まじい力の前に、まずライレイが戦意を失いへたり込んだ。
単純に心を圧倒されたのだ。
これでは『竜帝玉』による援護も望めないな。
「……仕方ない」
僕は無造作に一歩、二歩と進み出た。
そして肉鎧をまとったレリスの面前へ。
「え?」
『七神徳』も、玉を潰される前の『七凄悪』も、たしかに下衆ばかりだった。
この肉塊の元になった連中も、さぞかし不快なヤツらだったんだろうな。
そう思うと……。
「なおさら醜い」
バゴン!
無造作に放った拳が、レリスとそれを覆う肉塊を殴り飛ばした。
「うえぇぇーーーーーーッッ!?」
なすすべなく転がっていく肉団子。
僕は悠然と歩いて、あとを追う。
「な、なんで!? 六種の『神玉』『竜玉』を並行励起させ、放出される力は通常の六倍……、いいやさらに上! いかにゴロウジロー様でも、これで倒せないということは……!」
「女は英雄に抱かれることで価値を上げる。前にそんなことを言っていたな」
レリス、キミが。
「では男はどうやって価値を上げる? 男は肩書きで変わるものだと昔オヤジが言っていた。今まさにそれを実感してるよ。皆からオーク王と言う肩書きを与えられて、僕は自分が変身した気分になった。身が引き締まり、以前よりもさらに高みの存在になれた」
新しい肩書きを得るごとに。
男は新しい衣服に合わせて手足を伸ばすように大きくなっていく。
だから僕は、以前よりもっと強くなった。
たしかに僕は最強だ。
でもそれ以上強くはならないと誰が決めた?
「貰った称号はそれだけじゃない。僕はライレイと結ばれてセックスして、『ライレイの夫』と言う肩書きを得た。『リズの夫』『ヨーテの夫』『メイデの夫』」
これまで抱いてきた女の数ごとに僕は、僕を規定する肩書きを手に入れ、その分だけ強くなった。
「わかるかレリス……? たかだか六つの玉を集めて六倍程度の強さではしゃいでいるようだが、僕はその間に二十八万人の女を抱いて、二十八万の繋がりと責任と愛情を手に入れた。それゆえ僕の今の強さは……」
二十八万倍だ。
「そんな……! そんな……!」
六つの超玉を合わせたレリスのパワーが塵芥としか思えないほどの、超絶な力が僕から湧き上がる。
僕の右拳を覆い始めていた『嫉妬』の毒が、瞬時にして焼き尽くされて消えた。
今日の僕は昨日とはまるで違う。
彼女たちがくれたものの大きさが、身に染みてわかる。
「これからその力で、キミを殴る。自分の女を躾けるのも肩書きある男の役目だ」
「うあ、うああああああーーーーーッッ!!」
破れかぶれで特攻するレリス。
しかしそれは、僕の前ではあまりに哀れ過ぎた。
ハエを払うように、軽く手を一振り。
それだけでレリスと、その巻き添えになって山のいくつかが吹き飛んだ。




