72 眠り子を背に
「くっそ!」
苦し紛れのメイスが、レリスを襲う。
しかし当然のことながら、それは不発に終わった。
「『ホスチアを分けよ』」
その呪文と共にレリスが差し出す太腕に、山をも砕くはずの『正魔のメイス』が止められた。
と同時に、太腕が内出血でも起こしたのか、所々がひしゃげて血が噴き出す。
「凄まじい力……! 『七神徳』『節制』の能力で破壊力を半分に、そのさらに半分、それからまた半分を十回も繰り返して、それでも無害化できないとは……!」
『神玉』の力で何かしたのか!
しかし完全に無力化はできなかった。ならばすかさず第二撃を……!
「『殿中にござる』」
!?
なんだ? 急に動きが。
「任意対象を好きな時に停止させる『怠惰』の力。隙だらけですよゴロウジロー様。この機を逃さず叩きこませていただきます」
突き付けられる肉の鎧の両腕。
マズい。『嫉妬』と『信仰』の力、両方を同時に放つ気か?
ライレイの『竜帝玉』で封じられるのは一度に一種だけ。どちらかを止めても、もう一方が動きを止められた僕を襲う……!
「ゴロウジロー様!」
ライレイの声。
放たれる『竜帝玉』の力。同時に我が身は自由になった。
「『怠惰』の力を無効化してくれたんだな! ライレイ!」
ナイスだ! 体さえ動けばどれだけの力が束になろうと、砕ける!!
「チッ……! 厄介ですね。『怠惰』の力も、長時間動きを止めるにはゴロウジロー様は強すぎる。五秒もすれば力ずくで拘束を解いてしまう。『節制』の力も、ゴロウジロー様の攻撃を完全無効化するには至らない。……フフフッ」
レリスが不気味に笑った。
「やはりアナタは強すぎますゴロウジロー様……! そんなアナタと殺し合いながら愛し合えるなんて、これ以上ない幸福。さあ、もっとお互いを曝け出し合いましょう!」
「……どうせなら、レリスとはもっと甘い愛し合い方をしたかったがな」
「随分率直ですわね? 数日前の童貞臭かったアナタのセリフとはとても思えません」
「実際もう童貞じゃないしな。ライレイ始め、多くの女性が僕を大人の男にしてくれた。この上キミとも愛し合えれば、もっと分別がつくと思うんだが」
「女漁りはとても分別のある行動とは思えませんが、王の所業と捉えれば筋は通りますか。少なくとも先代のクズよりは覇気に溢れてとてもよいことです。……本当に、私もアナタに抱かれておけばよかった」
「では……」
「しかし私は、アナタを倒すためにメイデを利用した正真正銘の卑怯者ですよ? 敵に情けをかけてはいけませんね!!」
再び繰り出される火炎と衝撃波。
今日のレリスはいつにも増して頑なだな。まるでヴァルキリーみたいだ!
まあ、ヴァルキリーは一度頑なさを砕いてしまえばデレがバーストなんだが……。レリスの場合それが一段と難しい!
「ゴロウジロー様!」
我が愛妻ライレイが駆け寄ってくる。
彼女が、一部ながらもレリスの複合能力を消してくれるお陰で防戦を維持できている。
僕はライレイを小脇に抱えながら、母親譲りの翼で空を飛ぶ。
「申し訳ありませんゴロウジロー様。私が『竜帝玉』の力を十二分に使いこなせれば……!」
「ライレイは『竜帝玉』をちゃんと扱えているよ。……レリスが、それを超えて完璧な対策を打ってきたんだ」
かつて先代オーク王は、僕と共に『傲慢』の力を持つリズや『強欲』のヨーテも封じて見せた。
しかし僕の中にある『憤怒』と『正義』の力を両方封じることはできなかった。
恐らく『竜帝玉』は、対象を一人二人と認識してしか能力を発揮できないのだろう。
一人の中に二つ以上の能力があった場合、『一種類の能力を持つ一人』としか認識できない。
レリスは鋭くそれを見抜き、自分に六つもの能力を混在させたのだ。
「それからゴロウジロー様……! お気づきになりませんか?」
「うん」
「向こうで眠っている皆です」
リズ、ヨーテ、メイデ、ミキ。他にも数えきれない二十八万人の、僕の可愛いオーク娘たち。
今はセックス疲れで皆眠りこけているが、言われてみればたしかにおかしい。
レリス相手にここまで派手なドンパチを繰り広げているというのだ。
いくら彼女らがオーク娘として図太くても、この騒ぎに目を覚ます者が一人ぐらいいてもいいはず……!?
「恐らく、レリス様の奪った『信仰』の力ではないのでしょうか?」
「というと?」
「『七神徳』『信仰』は、音波を介した洗脳能力だとレリス様は言いました。あの人はその力で、オーク娘たちに『何があっても眠っているよう』暗示をかけたのでは……!」
ありうるな。
その洗脳が通じず目を覚ましたのは、僕と『竜帝玉』を持つライレイだけってことか……。
「ゴロウジロー様。私が『竜帝玉』の力を使えば、彼女らに掛けられた睡眠洗脳を解くことができると思います。やりますか?」
ライレイが皆を目覚めさせてくれて、たとえばリズやヨーテが戦いに加わってくれたら相当助かるだろう。
「だがダメだ」
「何故です?」
「レリスはこれまで、眠ってる彼女らを標的にはしていない。それをすれば、僕らを効率的に追い詰められるとわかっているだろうに」
実際『勇気』も『神玉』を埋め込まれたメイデが暴れた時は、そうした汚い手段を躊躇いなく使ってきた。
「それなのにレリスは僕たちだけを狙って、他の子たちを巻き込まないようにしている。あたかも洗脳で眠らせたのは、僕との一騎打ちに専念したいからだと言わんばかりに……!」
そんな彼女の気もちに応えるためにも、レリスが眠る女の子たちを直接攻撃するまで、睡眠洗脳を解くべきじゃない。
また睡眠洗脳を解いたとしたら、目覚めたオーク娘たちは命じられずとも戦線に加わるだろうし、そうしたら泥沼化した戦場で、レリスは何千人のオーク娘を血祭りにあげるかわかったものじゃない。
「だから僕たちだけで倒すんだ。レリスの挑んできた一騎打ちに勝つんだ」
「やはりゴロウジロー様は気高い方ですね……! 愛しています!」
お、おう……!
嬉しいけれどライレイ。戦闘中に勃起してしまいそうな言動は控えて。
そしてそれらの話し合いを具体的に実行に移して……、と言うべきか。
飛行しながら僕たちは戦場を移し、眠りこけるオーク娘たちから充分に距離を離した。
もはや街並みも途切れた、何もない野原。
「……ここなら気兼ねなく全力を出せる、ということですかゴロウジロー様?」
言われなくとも後をついてきたレリス。
やはり彼女はひたすら僕との一騎打ちを望んでいる。邪魔となるものは極力排除したいのだろう。
「では、楽しい戦いもそろそろ締めにしましょう。殺し合いもセックスも、最後の絶頂がいかに素晴らしいものであるかで価値が決まるのですから」




