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71 ヘキサゴン

 あのおぞましい肉塊の正体は、かつて生きていた四人の生物!?

 しかも『七凄悪』が二人、『七神徳』が二人。

 ソイツらを、レリスは元々持っていた『色欲』の能力でグチャグチャにして、それから身にまとう鎧のようにして取り込んだというのか!?


「一体何のために!?」

「当然、彼らの持っている能力が欲しかったからです」


 レリスは、肉の鎧の太腕をこちらにかざす。

 その腕はよく見たら、四本の腕が束ねられて一本腕のように見えているのだと今さらながらに気づいた。

 その腕から放たれる、火炎。

 もはやお馴染みとなったソイツをメイスで砕くが、その正体が分かった今、おぞましさで前より威力を感じた。


「これは『七凄悪』の『嫉妬』の能力。燃え上がる『嫉妬』の炎というヤツですね。さすがに正面からではアナタに通じませんが、お気を付けください」


 ……?

 なんだ? 炎を何度も払ってきたメイスと、それを持つ右手に、黒い染みが浮かんできた。

 まるで黒カビのような……?


「『嫉妬』の炎は毒をもちます。本来なら不浄をすべて焼き尽くす炎そのものが毒を持っているのですから、厄介極まりない。一度や二度ならアナタのごとき強者を焼くことなど叶いませんが、払うたびに毒は確実に蓄積していきます。……そしてこちら!」


 もう一方の太腕から放たれる衝撃波。

 こっちも同じだが、やはりただの衝撃派と思うべきじゃないよな!?


「これは『七神徳』『信仰』の力。その正体は空気の振動、音波です。『信仰』の『神玉』を得た者は音を通し、愚か者たちを支配下に置く」


 何をまたわけのわからないことを!?

『嫉妬』の毒に冒されつつある右腕で、しかし容易く衝撃波を砕く。


「やはり効きが悪いですね。『信仰』の音は耳を通して相手の脳に侵入し、思考を奪って思い通りの操り人形に変えることのできる洗脳能力。衝撃波は能力の余禄のようなものですが、やはりゴロウジロー様の前では無力ですか」


 しかし執拗に火炎と衝撃波を交互に撃ってくるレリス。

 僕はひとまずそれらを打ち落とすことに専念し、防戦を決め込む。


「レリス! キミは……、他人の能力を使うために、当人もろとも取り込んだというのか!?」

「ええ、だって私の敵はゴロウジロー様、アナタなのですから」


 いや、そんななんか凄いことのように言われても……!?


「過去最強のオーク。他の誰も手の届かぬ頂点に君臨するお方。アナタの領域に並べる者は、それこそ大神ヴォータンぐらいのものでしょう」

「キミの褒め殺しは怖くて素直に喜べないな」

「いえいえ、本心から言っているのです。私はアナタ同様二種の能力を保有していますが、それでもアナタに勝てる気がいたしません。ですから勝つためには、もっと多くの能力を動員しなければ、と思ったのです」


 そのために四人もの戦士を。


「『七凄悪』の二人は元々敵なんだろうけれど……! 『七神徳』の方は仲間じゃないのか!? そんな彼らまで……!」

「今まで幾人かの『七神徳』『七凄悪』を見てきたゴロウジロー様ならお判りでしょう? 彼らはいずれも力に溺れ、他者を顧みることのないクズです。コイツらを挽き肉にして取り込むことには、少なくともメイデを謀略に巻き込む時よりは良心の呵責は少なくて済みましたわ」

「……ッ!?」

「そして何より……! ッ!?」


 その瞬間だった。

 肉塊をまとうレリスが、突如浮力を失い墜落していく。


「くっ、やはり来たわね……!」

「何だ!?」


 一体レリスに何が起きたというのか?

 ……いや、レリスは何をされたのか、か?


「ゴロウジロー様! ここは私にお任せください!」


 レリスが降りた地上に目を向けると、そこにはライレイがいた。

 僕に抱かれた艶姿を隠すこともなくライレイは、不可視の力をレリスに浴びせている。

 あれがレリスから力を奪っている?


「そうか! 『竜帝玉』の力か!」


 彼女が偶然取り込んでしまった『竜帝玉』は、すべての『竜玉』を制御下に置くことのできる超器。

 元々は先代オーク王が悪知恵を働かせて竜たちから巻き上げたものだというが。

 ……たしかに、レリスがどれだけ『神玉』『竜玉』を集めようと、『竜帝玉』一個の前に無力となる。

『竜帝玉』の制御は何故か『神玉』にも効くということは、かつて『勇気』の『神玉』に侵されたメイデとの戦いで証明済みなのだ!


「ぬんぐううううううッッ!?」

「無駄ですレリス様。今アナタには、先代オーク王が使った重圧攻撃をそのまま加えています。これを恐れているがゆえにアナタは、ゴロウジロー様が現れるまで先代オーク王を殺せなかったのでしょう?」

「ライレイ……、ライレイ王妃とでもお呼びしましょうか? 少し見ない間にまた一段とお美しくなられましたね。今のアナタには乙女の可憐さと、婦人の淫猥さ、そして母の神聖さすべてが備わっています」

「それらすべて、ゴロウジロー様から頂いたものです。レリス様。アナタだって望めばゴロウジロー様からすべてを与えてもらったのに。……アナタは道を間違えました」

「残念ですが私は与えられるなんて嫌です。奪いたいのです!!」

「奪おうとする者には、他人から奪われる最期しかありません。今がその時です!」


 ライレイは今やオーク王妃として『竜帝玉』を完全に使いこなしていた。

 あのまま重圧を上げに上げて、レリスが呼吸もできなくなるほど押し潰す気か?


「……フッ、フフフフフ」

「!?」


 しかし突如として、不敵に笑いだすレリス。


「残念でしたね。何故私が他人から肉体ごと『神玉』『竜玉』ごと奪ったのか? その目的はゴロウジロー様よりも、アナタへの対策のためなのですよ!」


 肉塊から放たれる嫉妬の炎。

 それはあやまたずライレイを襲うが、寸前に割って入った僕のメイスで弾き砕かれる。


「何故!? 『竜玉』『神玉』の力は『竜帝玉』で完全に封じてあるはずなのに!?」

「ええ、封じられていますよ。今は『信仰』の力が。だから『嫉妬』の力を使うのです!」


 バカな!

 ライレイの『竜帝玉』の力が、レリスの操る六種の力の内一種だけしか封じられていない!?


「ゴロウジロー様、アナタがあの先代クズと対峙した時、初めて気づいたのです。アナタはあのクズの制御をまったく受け付けなかった。それは、アナタの中に『

憤怒』と『正義』二種の力が宿っていたからでは? と」

「そんな……!?」

「その時には私も『愛』と『色欲』二つの力を持っていたのに、何と迂闊なこと。ですがゴロウジロー様。アナタとライレイ王妃の二人を相手にするのに、やはり二種ではとても足りません。それゆえ結婚式の準備期間を使い、私は遠征中のスズキモンドたちを襲いに行った」


 つまり、今のレリスには『竜帝玉』が効かない?


「さあ、戦いを続けましょう。愛し合いは殺し合い。私はアナタたちと最高に愛し合うのです!」

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