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70 エロスとアガペー

「レ、レリス……!」


 おぞましき肉塊の中から現れた、知人。

 僕の知る限りもっとも妖艶で、性的魅力にあふれた『色欲』の化身。

 しかし彼女は、僕の知る彼女とは大きくかけ離れていた。

 僕の知っているレリスは、野性的な魅力にむせ返るようなオーク娘だったはずなのに。

 今では真逆の、ヒリヒリするような清浄さに満ちた聖女になっている。


 ヴァルキリー。


 今の彼女は天界でもっとも美しい種族、ヴァルキリーだ。


「今まで本当のことを申し上げられず、申し訳ありませんでしたゴロウジロー様」


 口では謝罪の言葉をうそぶきながら、その態度は僕の戸惑いを弄んでいるかのようだった。


「何しろ、相手を騙しての潜入工作ですので、おいそれと正体を明かすわけにはいきません。その必要がなくなって、やっと本来の私をゴロウジロー様に見ていただけます」

「レリス……! キミは……!?」


「天界軍『七神徳』の一人、『愛』のレリス」


 レリスはもう一度、物わかりの悪い子供に言い聞かせるように名乗った。


『七神徳』。

 天界軍における最強無敵の七人の精鋭のことだ。

『信仰』『愛』『希望』『節制』『知恵』『勇気』、そして『正義』。

 それぞれに善徳の称号を与えられ、神の目を砕いて作りだしたという『神玉』をその身に宿し、神に近い力を振るう。


 僕がこれまで出会ってきた『七神徳』は二人。

『勇気』を司るハムシャリエルは見下げ果てたゲスで、僕は怒りと共にソイツを肉片一つも残さず粉々にした。

もう一人、『正義』のフリッカこそ僕の母。

 母から生まれた僕の体には、『神玉』なくとも『正義』の力だけが遺伝し、この身に宿っている。


 そして今日、三人目。


 僕は自分でも気づかぬうちに、とっくに三人目の『七神徳』に出会っていたというのか!?


「潜入工作……、と言ったな? それは無論オーク軍に対して、一体何のために……?」


 次から次へと湧き出してくる疑問のために、戦いの手が止まった。

 幸い、肉塊をまとうレリスは律儀に僕の質問に答える。


「それはもちろん、『竜帝玉』を手に入れるためです」


『竜帝玉』

 僕の殺したオーク王が、『竜玉』すべてを制御するために竜から騙し取ったと言われる。帝王の『竜玉』。


「大神ヴォータンより『竜帝玉』奪取の命を受けた私は、魔法によってヴァルキリーの身を女オークに変えて、オークの都へと潜入を果たしました。元々『愛』の神玉を持つ私ですもの。あのクズ――、オーク王に気に入られるのは容易いことでしたわ」


 僕が殺した先代オーク王のハーレムに紛れ込み、オーク王の目に留まって手練手管で垂らしこみ、寵愛を一身に受けることは、想像するだに簡単だったろう。


「あのクズは、私を気にいるあまり『色欲』の『竜玉』を与え、『七凄悪』の一人に召し抱えたほどでしたからね。しかし難しいのかそこからでした。何しろ『竜帝玉』をその身に宿したあのクズには、『愛』の『神玉』の力も『色欲』の『竜玉』の力も通じなかったのですから」

「それで手をこまねいていたと?」

「恥ずかしながら……。残る手段は普通に暗殺し、クズの体から『竜帝玉』を抉り取ることぐらいでしたが、あのクズはとにかく憶病で、それゆえ用心深い。私を犯す時も常に誰かを傍に置く。眠る時は必ず一人だけ、誰も近づけさせませんでした」


 頂点にいることを存分に楽しみながら、頂点に置かせた自分の状況にこの上なく恐怖していたのか。

 力ない者が分際を超えた際の報いを受けていたんだな。


「そうこうしているうちに、アナタが現れた」


 レリスは僕を指さした。


「ゴロウジロー様、アナタは本当に素敵なお方。私が何年もかけて機会を見いだせず、成し遂げられなかったことを、一日も経ずに成し遂げてしまったのですから。『竜帝玉』はあのクズからアナタの手に渡り、私のこれまでの苦労は水泡に帰しました」


 でも……、とレリスの声に歓喜の色が加わる。


「その瞬間から、私の生活はとても華やかなものに変わりました。クズに傅きながら、心の裏で舌を出す毎日よりも、アナタのごとき英雄に取り入り、裏で権謀術策を駆使する毎日のなんと刺激的なことか!」

「……メイデに『勇気』の『神玉』を埋め込み、けしかけてきたのもキミの仕業か?」

「………………」


 レリスは、饒舌を一旦止め、急に黙り込んだ。


「僕に挑むのは別にいい。闘争はオークの本能だから、オークの血を半分受け継ぐ僕にそれを否定することはできない。それにキミがヴァルキリーと言うならば本来オークの敵、憎み合う理由こそあれ仲良くする理由はない」


 しかし。


「僕を殺すために関係ないメイデを利用したことには腹が立つな。僕を殺したいなら自分自身が来ればいいんだ。他人を利用するな!」

「ええ、たしかに。だから今回は私自身が来ました」


 メイデは、自分のまとう肉塊の太腕を、僕へ向けてかざした。


「『七神徳』『愛』のレリス。ゴロウジロー様に挑ませていただきます。正体を明かした以上、負ければもう後ろはない。生か死かの勝負です!」


 太腕の両方から、再び火炎と衝撃波が放たれる。

 しかしそれが僕の効かないのは証明済みだった。


「それが『愛』と『色欲』の能力か!?」


 元々『愛』を司る『七神徳』であり、潜入工作で先代オーク王に取り入る過程に『色欲』の『竜玉』まで得たという。

 つまり彼女の体内には『愛』と『色欲』、二つの玉が混在していることになる。

 これまでにない相手だ。

 これまで戦ってきた敵は、皆巨大な力と言えども、その身に宿す『神玉』『竜玉』はたった一個だった。

 それを二つ併せもつ。

 僕は父母から『憤怒』『正義』の力を受け継ぎ併せもったが、それに匹敵するものを彼女ももっていると!?


「違います」


 レリスはキッパリと言った。


「この炎も、衝撃波も、『愛』や『色欲』の力ではありません。本来的に能力を明かすなど愚の骨頂ですが。ゴロウジロー様、アナタは敵としても男性としても至高のお方。アナタとは最高に愛し合いながら殺し合いたい。そのためには理解を深め合うことが不可欠ですので、お話ししましょう」


 レリスは、みずからのまとう肉塊を誇らしげに示した。

 それこそ、新しいドレスを自慢する乙女のように。


「『七凄悪』の一つ、『色欲』の能力は、生物の生命活動を自在に操ること。体温、脈拍、ホルモンバランス。生理周期や体内の健康を維持するための化学物質濃度。果ては細胞分裂や細胞内で行われる酸素のエネルギー変換に至るまで、『色欲』の力は自在に操ることができます」

「……?」


 よくわからなかった。

 知らない単語ばかり出てくるが、天界の知識か?


「かつて先代オーク王のクズを殺した時に使ったのも、この力。あのクズの体内圧力をいじって、体中の液体が陰茎から放出されるように仕向けたのです。それであのクズは精液から尿から血液まで、すべてを搾り出されて乾涸び死んだ」

「…………」

「そしてこの肉の鎧も、『色欲』の生態操作で生み出したもの」

「何ッ!?」

「ゴロウジロー様、アナタにはまだ出会っていない『七凄悪』が二人ほど残っておりますわよね? 『嫉妬』のアナコンドル。『怠惰』のスズキモンド」


 たしかソイツらは、先代オーク王の命令で遠征に出ているはずだろう?

 出会うのはまだ先のことだと思っていたが……?


「紹介しましょう、彼らがそうです」


 レリスを覆う肉の鎧。

 その頭部があった場所、僕が砕いた傷口から俄かに肉が盛り上がり、元通りになっていく。

 元通りになった、二つのブタの顔……?

 顔……!?


「彼らが『嫉妬』のアナコンドル、『怠惰』のスズキモンド。そしてこちらが……」


 逆方向から再生する、もう二つの顔。

 そうだ。最初この肉塊は、四つの顔を連ねていた!


「遠征中のオーク軍と戦っていた天界軍の指揮者。『信仰』マクベスと『節制』テンバラです」

「まさか……、その肉塊は……!?」


 レリスは、いつも通り妖艶に笑った。


「ええ、『七凄悪』の二人と『七神徳』の二人を、『色欲』の力で一度細胞レベルにまで崩壊させてから、取り込んだもの。そうして彼らの力を私のものとしたのです」

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