06 剛猪
なんだコイツ?
新たに現れたそのオークは、それ以前の連中と明らかに違った。
見た目の話ではない。他と同じように潰れ鼻で牙が生え、腹はでっぷり肥えている。
しかし気配がまったく違う。
他のヤツらのように軽薄な部分がまるでなく、その代わり、ちょっとやそっとでは動かしがたい重厚さが全身から満ち溢れていた。
「……コイツを飛ばしたのは、貴様かフゴ?」
気絶した太鼓腹自慢が放り投げられる。
「……ああ」
「コイツは、我が『憤怒』の軍団の中でも繁殖行為を許された一定の強者フゴ。簡単に倒せる相手ではないはずフゴ」
「お前たち全体のレベルが低いってことだろうさ」
そんなザコを強者と言ってしまえるお前らのな。
「名を聞こうフゴ。それから所属の軍団もフゴ」
「さっきも言ったがな。ゴロウジロー。通りすがりのハーフオークだ。所属の軍団なんてものは知らんがね」
「はぐれ者とでも言うフゴか? 信じられんフゴ。オーク軍の他に、天界軍の攻撃を凌いだ者がいるフゴ?」
どういうことだ?
あまりペラペラ喋って妹たちの存在を知られたくないから、会話には乗らなかった。
「我々は、オーク軍の七軍団の一つ『憤怒』の軍団だフゴ。私はその『憤怒』の軍団を指揮する中隊長ライレイだフゴ」
丁寧な自己紹介どうもだった。
「この者たちは、メス狩りのために放っていた部隊フゴ。ソイツらを攻撃した理由を聞かせてほしいフゴ」
「その前にこっちから質問しよう。メス狩りとはなんだ?」
僕とライレイの間に、一種痺れるような空気が漂う。
一触即発というヤツだ。
「……その名の通り、メスを捕え、種付けすることだフゴ。我らオーク軍は常に新しい戦力を求めているフゴ」
「なんだと……!?」
「子供が生まれ、成長し、武器を取れば新しいオーク軍の戦士となって、天界軍への対抗戦力が増えるフゴ。メスはそのために必要なのだフゴ。新しいオークを作り出す生産機なのだフゴ」
ライレイは、元いたザコオークを一瞥すると、その中の一人が捕えている女の子に目を付けた。
一番最初にオークたちから逃げ惑っていた子だ。
「メスは、弱いフゴ。弱くて何の役にも立たぬ生き物だフゴ。唯一役に立つとすれば、それは強いオスを生み出すことだけだフゴ。だからメスは四六時中犯され、多くの子を産むことが義務だフゴ。産んだ子供の数が多ければ多いほど、最強のオークが生まれる確率は高くなるフゴ」
そのために女性を襲い、汚すというのか。
それがオークという生き物か。
「私は、オーク王より『憤怒』の軍団を預かる者として、その作業を疎かにすることはできないフゴ。ゆえにメス狩りを邪魔するならば貴様を排除しなければならないフゴが……」
「答えてやろう。僕はそのメス狩りを邪魔したいのさ」
『正魔のメイス』を突きつけるようにかざす。
「お前らはやはりクズだ。女性とは子供を産ませるための道具なんかじゃない。男にとって女性とは、互いに助け合って生きるパートナーだ」
僕の両親がそうであるように。
「子供を産み育てることも。男女が協力し合って愛情を注がなければ最強の戦士などは生まれない。お前らのしていることは単なる量産品のゴミ作りだ。つまり、オークとはすべて量産品のゴミってことだ」
「お前が何を言っているのか、わからないフゴ」
しかし敵意はハッキリ感じ取ったのだろう。
ライレイの両手が、左右の腰から下がっている剣の柄を握る。
「惜しいフゴ。これほどの実力、出来れば我が『憤怒』の軍団に迎えたかったフゴが。従う気がないなら仕方ないフゴ」
二刀を鞘から抜き放つ。
しかしそれは、ただの剣ではなかった。
「我が必殺の『烈風千刃』によって細切れになるがいいフゴ!!」
剣のような鞭のような。
恐らくは小さな刃を繋げあい、それを鎖のように何十も連ねたものだろう。
だから鞭のように曲がったりしなったりするし、剣のように何でも斬り裂く。
「出たフゴー! ライレイ中隊長のガリアンソード二刀流だフゴー!」
「ライレイさまはこの技で、正式に『憤怒』の軍団長になるんだフゴ! 誰にも負けないフゴ!!」
外野のザコオークどもが、さっきまでのビビりを忘れて喜び騒いでいる。
それだけライレイの強さを信頼しているということか。
荒れ狂う刃鞭は、嵐のように僕の左右から挟み込む。
「どうしたフゴ? 逃げなければ細切れになってしまうフゴ? もっとも逃げたくとも逃げ場はないフゴが?」
ガリアンソードとやらを激しく振り回しながら、ライレイが言う。
「私はこの刃で、何百という天界軍の天使たちを斬り裂いてきたフゴ。お前もそうなるフゴ。しかしお前の強さは惜しいフゴ。私に従うと誓えば剣を収めてもいいフゴ」
「ゴチャゴチャ言ってないでさっさとやれよ」
何でも斬り裂けるんだろ?
「……ッ!! 強情者の寿命は短いフゴ。仕方ないフゴ。『烈風千刃・双旋風』!!」
左右から竜巻のようにうねる刃の鞭が、僕を板挟みに押し潰した。
こんなに激しく荒れ狂う刃、普通であれば細切れになって肉片しか残らないだろう。
普通ならば。
「終わったフゴ……。終わ……、フゴッ!?」
ライレイは両眼をカッと見開き驚愕した。
ヤツの必殺攻撃を受けながら、無傷で立っている僕を見たからだろう。
「ぬるい風だな。ドラゴンの鼻息の方がもっと怖かったぜ」
「防御すら……していないフゴ!? 体そのもので我が『烈風千刃』を受け止めて、しかも無傷フゴ!?」
煩いヤツ。
最高の一撃で仕留め損なえば必ず相手は動揺するという、オヤジの教え通りだな。
「なんだ……!? 肌が赤い? 熱を帯びている? それが刃を防いだフゴか?」
「敵の攻撃はすべて受け切れ。それから潰せ。というのがオヤジの教えでね」
「まさか……!? 攻撃を真正面から、しかも無傷で受けきることで、相手の戦意を挫く戦法。そしてあらゆる攻撃を弾き返す赤熱した外皮。それはまさにあのお方の能力!?」
棒立ちのままのライレイへ、ゆっくり歩み寄る。
「その戦法、その能力。紛れもなくあのお方と同じ……! かつてオーク軍七人の軍団長の中で最強と恐れられた狂戦士。我ら『憤怒』の軍団の真の主! ある時忽然と姿を消し、何処へ行ったかわからなくなったという……!」
ライレイが、震える指で僕を差す。
「アナタこそ『七凄悪』の一人、『憤怒』のイチロクロー様なのですかフゴ!?」
違いますが。