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59 愛の元に

『七凄悪』の一人、『色欲』を司る女オーク、レリスは、一人佇んでいた。

 廃墟となったオーク城上層部。

 そこは倒壊の危険があるとして立ち入り禁止になっている上に、その日は市街で起きたバルキリー騒ぎの後始末のため多くのオーク娘が出払い、そうでない者は昨日徹夜で状況収束に奔走した者たちで泥のように眠りこけている。


 つまり、この場にはレリス以外誰も現れようがないということだった。


『――大失態ですね、レリス』


 しかし、そんなレリスに話しかける者があった。

 姿は見えない。声の調子も、男か女かすらわからない中性的な声。


「スプラウドか」


 レリスがその声の主らしい名を呼んだ。


「いきなり不躾なヤツね。開口一番『大失態』とは、私がどんなしくじりを犯したというの?」

『わかりきったことではないですか』


 と、声はむしろ楽しそうに、声は弾んでいる。


『アナタの使命は、あの矮小な汚れブタから「竜帝玉」を回収すること。たっぷり時間を掛けて臨んだだけに、まあ成功するところだったのでしょうが。急なトラブルによって、それらの準備は水の泡。アナタは無駄な時間を過ごしたことになったわけだ』

「……ッ!」


 レリスの眉間に深いしわが寄る。


『それでも一発逆転の可能性に賭け、役立たずのハムシャリエルから回収したばかりの「勇気」の「神玉」を使っての陰謀劇。しかし見事に失敗でしたねえ。フフフフ……』

「成功の見込みは充分にあったわ。観察による推測通り、彼は女性に危害を加えることのできない筋金入りのフェミニスト。しかもあらゆる攻撃を無効化する『憤怒』と、あらゆる防御を無効化する『正義』の能力を封じるには、彼の味方を敵に仕立て上げる以外にない」

『たしかに目の付け所はよかったのでしょうね。でも結果が伴わなければ何の意味もありませんがねえ!』


 声は心底愉快そうだった。

 まるでレリスの失敗をあざ笑うかのようだった。


『何よりも重要なのは、今回の失敗で貴重な「神玉」が一つ失われてしまったということです』

「まさか彼が、『神玉』を消滅させるほどの力を持っているとは……!」

『言い訳は聞きたくありません。「神玉」は、大神ヴォータン様の一部そのもの。全世界にたった七つしかない貴重なものです。既にその一つ「正義」の「神玉」が失われて久しいというのに、今また一つ失われた。これは大参事です』

「……」


 レリスは反論もできないのか、口を噤むのみ。


『アナタが絶対に成功するというからヴォータン様も許可してくださったというのに。アナタは大神よりの信頼を裏切りで返しました。当然、ヴォータン様にはご報告させていただきます。虚構も脚色も織り交ぜずに』

「好きにすればいいわ」

『おや……?』


 声もまた気づいた。

 レリスは既に冷静さを取り戻していたと。


「たしかに今回は私の失敗です。それは素直に認めましょう。大神ヴォータン様のお叱りあろうとごもっとも。甘んじて私はそれを受けます」


 しかし……。


「私の策はまだ尽きていない。あのゴロウジローという天界始まって以来最凶の敵を倒し、『竜帝玉』を手に入れれば、『神玉』一つ失おうと何ほどのことがあろう。私はそのための新たな策を打つ。そのことも合わせてヴォータン様にしっかり報告しておきなさい」

『……ここは素直に身を引いた方がよいのでは?』


 声の調子が、急にレリスを宥めすかすための猫撫で声になった。


『引くに引けない気持ちもわかりますが、ここは確保に成功した「色欲」の「竜玉」だけでも確実にヴォータン様に献上すべきでしょう。「竜帝玉」の獲得に失敗し、「勇気」の「神玉」まで失った今、それだけがアナタのれっきとした成果ではないですか』

「…………」

『汚名を雪ごうと躍起になり、すべてを失ってはそれこそヴォータン様に会わせる顔がありませんよ? 私も先ほどは言い過ぎました。ここは潔く撤退し、ヴォータン様に「色欲」の「竜玉」をお届けして……』

「お黙りなさい」


 レリスの体に変化が起こった。

 体の表面を紫めいた光が多い、肌をチリチリ焼いている。


「勘違いしないで。私は楽しいのです。我が智謀と我が能力、そして我が愛。すべてを投じて立ち向かう大きなお方に出会えたことが。あの方に全力で挑み、めくるめく好勝負を繰り広げられれば、私は初めて絶頂できるかもしれない」


 チリチリと焼かれた肌は、その表面を燃えカスにして剥がされる。

 オーク特有の野性的な浅黒い肌の下から、磁器のように輝く白の肌が現れる。


「スプラウド……。改めて警告します、私の邪魔をしないで。私とゴロウジロー様との愛欲塗れる殺し合いを邪魔しないで。私はあの方と交わり、凌辱され、愛し合って、殺したいの。それを存分に楽しみたいの。私はあの人を愛している、そして殺したい!!」


 やがて全身の肌が輝く白になった頃、髪の毛も純金のごとき輝きを放つ。そして背中から広がる一対の純白の翼。

 それは戦乙女バルキリー。

 清らかな天界の住人となった『色欲』レリス。


「……ゴロウジロー様、七つの善と七つの悪、その双方を併せもつのはアナタだけではありません。それがとても嬉しいの。私と同じステージに立つ者に出会えるなんて!」


 彼女のもう一つの名は……。


 天界軍『七神徳』の一人、『愛』を司る戦乙女レリス。


 大神ヴォータンの指令を受けて女オークに身を変えて、好色なオーク王に取り入り、見事『色欲』の『竜玉』を掠め取った。

 彼女の中には『愛』の『神玉』と『色欲』の『竜玉』が同居していた。

『憤怒』と『正義』の力を併せもつゴロウジローと同じように。

「アナタの『憤怒』と『正義』が表裏一体であるように、私の『愛』と『色欲』も表裏一体。ゴロウジロー様、アナタとならば性交にも似た殺し合いができることでしょう」


 地上に忍びし天の影は、いまだゴロウジローの足元にあった。

 祭りはまだ終わらない。

これにて第二章は終了です。

申し訳ありませんが、他自作の執筆と構想を合わせまして、一時更新のお休みを頂きたいと思います。

再開は、12/1を予定しています。

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