05 遭遇とは戦闘
「ぎゃああーーーーーーッ!? 痛ぇフゴーーーッ!? オレの手が壊れたフゴぉーーーッ!?」
最初に僕を殴ったオークは、砕けた拳をもう一方の手で押さえながら地面をのたうち回っていた。
そんな仲間を気遣う風もなく、他のオークは僕へ警戒を集中させる。
「お前……、なんだフゴ?」
「オークフゴ? どこの軍団の所属フゴ?」
仕方ないので答えてやる。
「僕の名はゴロウジロー。通りすがりのハーフオークだ」
ヤツらは怪訝な顔をした?
「ハーフ? どういうことフゴ? 竪琴フゴ?」
「それハープだフゴ」
「オレらバカだからわからないフゴ。ライレイ中隊長ならわかるフゴ?」
「ゴチャゴチャしゃらくせぇフゴぉぉーーーーーーーーッ!!」
オーク徒党十人ほどの中にいる一人が、荒々しく勇み立つ。
「何だろうとオレらのお楽しみを邪魔したことに変わりないフゴ! 舐めたことするヤツはぶっ殺すフゴ! 見るフゴ!!」
次に死にたいらしいオークが、僕の腹部を指さす。
「こんな無様な腹をしたヤツが強いわけなんてないフゴ! オークの腹はでっぷり丸くてなんぼだフゴ! なんだその、ベッコリへこんだ腹はフゴ!?」
ソイツの指摘する通り、僕の腹はへこんでバキバキに割れた腹筋が浮き出ている。
これはハーフオークとしての特徴の一つで、恐らくは母親に似たのだろう。
「無様フゴ! カッコ悪いフゴ! こんなバカみたいな腹したヤツが強いわけないフゴ!! それに引き換えオレを見るフゴ! 見事な丸腹フゴぉ~!!」
とオークは、自分自身のでっぷり突き出た太鼓腹を叩いた。
パチィンと乾いた音が周囲に響き渡った。
「肥えた腹は強さの証フゴ! こんな油断してやられたバカとは違うフゴ!」
ガゴン! と蹴りの音。
先の拳を砕かれ悶絶していたオークが、さらに頭を蹴られて吹き飛ばされたのだった。
蹴ったのは無論、今僕の目の前で太鼓腹自慢をしているオークだ。
「弱者に用はないフゴ。『憤怒』軍団の恥さらしは消え去るフゴ。でも一番許されないのは、オレらにケンカ売ったお前フゴ! ブッ殺してやるから覚悟しろフゴ!」
残りのオークたちから、歓声や拍手や口笛が放たれる。
蹴り飛ばされた仲間には気も留めない。
「………………」
僕は、威勢のいい太鼓腹へと歩み寄った。
「そんなに自慢か? このブクブク膨れた腹が?」
「フゴォ!?」
「だったら力を入れておけ」
僕は拳をかざすと、悠然と体の後ろへ拳を回す。
パンチの準備態勢だ。ゆっくりとするのは、相手に対応の時間を与えるためだ。
その意が通じたのだろう、オークは腰を沈め両足を開き、迎え撃つ体勢万全と言わんばかりだ。
口元には余裕の笑みすら浮かべている。
そこへ……。
「ほげらげぐぼばごべふごぉぉーーーーーーーーーーーーッ!?」
僕の拳が、オークの腹に突き刺さった。
贅肉塗れのたるんだ腹だから、本当に拳が突き刺さったように見えた。
パンチの衝撃は、オークの腹に陥没するだけでは飽き足らず、その体全体を矢のような速さで吹き飛ばし、地面と平行の直線軌道で遥か後方へと飛んでいった。
凄まじい速度で自分たちの横を通り過ぎていった仲間に、残りのオークは目を丸くしながら振り返り、そのまま硬直した。
「……お前らを見るまで、少し迷っていた」
本当にオークを滅ぼすべきかどうか。
自分の家からほとんど出たことがない僕は、オヤジ以外のオークを知らない。
知っているのはオヤジや母さんから聞いた話のみ。伝聞は伝聞だ、事実を伝えるが、事実そのものではない。
事実でない事実だけを判断材料に、一つの種族を滅ぼしていいものか?
それこそ母さんの言うような独善に陥りはしないか?
旅をしながらそのことをずっと考えてきた。
しかし今日、実際にオークと出会い。初めて事実らしい事実に触れて、僕の心は決まった。
やはりオヤジや母さんは正しかった。
「お前らオークはクソだ。生かしておく価値などない。ここで僕が皆殺しにしてやるからありがたく思え」
背負った『正魔のメイス』を抜き放ち、残ったブタどもへと向けた。
ヤツらは臨戦態勢をとるものの、完全に腰が引けている。今の一撃でビビってしまったのだ。
僕に勝てるわけがないと。
事実最後列の数人は、密かに後ずさりし、踵を返してダッシュで逃げ出そうとするが、その時には既に僕が後ろに回り込んでいた
「お前たちは何もできない。勝つことも、戦うことも、逃げることも。それが絶対強者に相対するということだ」
「ヒィフゴ……!?」
「それともう一つ、降参することもな。お前たちにはミンチになって死ぬことだけを許してやろう」
「やめてフゴぉーーーッ!?」「許してフゴぉーーーッ!?」
無様に泣くヤツらだ。しかし決定に変更はない。
さっそく実行しようと『正魔のメイス』を振り上げたところ、その柄頭に向かって何かがぶつかってきた。
「?」
それは長くてしなる鞭のような……、いや違う。剣か?
とにかく振り返ると、そこに剣のような鞭のような奇妙な武器を持った新しいオークがいた。
そのもう片方の手には、僕が吹き飛ばした太鼓腹自慢のオークが、気絶したまま首根っこを掴まれぶら下がっていた。
「コイツを吹き飛ばしたのは、貴様かフゴ?」
他のオークどもと明らかに毛色が違う。
このオークは?
「オーク軍『憤怒』の軍団を預かる中隊長ライレイ。見参フゴ」