57 想いの強さ
「『神玉』が……、ない!?」
そんなバカな。
これまでのメイデの言動。どういう経緯でそうなったかは知らないが、今の『勇気』の『神玉』の宿主がメイデであることはたしかだ。
それなのに、メイデの体内に『神玉』がないなんて。
「もしかしたら……!」
ヨーテが肉蔦伝いに必死で探索を続けながら言う。
「『竜玉』もそうだった。『竜玉』は玉の形のまま宿主に留まらない。体全体に溶けて混じり、宿主と完全に一つになる。それを元の玉の形にして取り出せたのはオーク王だけ……!」
「何だと……!?」
「だから前にリズから能力を奪った時も、『傲慢』の『竜玉』は奪えなかった……!? ウチの能力じゃ、そこまで深く一体化したものは奪えない……!?」
では、この作戦は失敗か!?
「……くっ、こうなったら、この子から『勇気』の能力だけでも奪う。無力させて事態の収拾を……!」
「やめろヨーテ! そんなの吸収したら絶対体に悪いぞ!」
これ以上被害を拡大させないためには……。
できることは、もう一つしかないのか。
メイデを殺す。
そうすれば、とにかく被害の拡大は止まる。今の僕には、ここに住むオーク娘たちを守る責任がある。
そのためにも、オークへの脅威は滅し去るしか……。
「メイデ!!」
悲痛な叫びが、僕の思考を遮った。
ライレイが必死にメイデへ呼びかけた。
「目を覚ませ! 何をしているんだ! お前はそんなひどいことをする子ではなかったはずだ!!」
ライレイ……!
「それは……、私だって最初に出会った時は、お前を不審に思っていた。バルキリーだもの。我らオークとずっと戦ってきた相手だ。でも、ゴロウジロー様に言われて行動を一緒にするようになって、違うとわかった」
邪悪の山で虜囚となったメイデが、オークの都へと戻るまでの旅路、そしてオークの都に辿りついてから共に過ごした日々。
その日々が、本来相容れないはずだったオークとバルキリーの壁を解かした。
いや、そんな難しいことじゃない。
種族なんて関係ないんだ。
メイデとライレイは。ただ同じ女の子として友だちになった。
「本当のお前は愉快で朗らかで、優しい子のはずだ! お前を歪める悪い玉があるなら、そんなものは捨ててしまえ! お前に『神玉』なんか必要ない!!」
「うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!」
突然、メイデが凄まじい咆哮にも似た叫び声を上げた。
「なな、なんだッ!?」
彼女を抑えつける僕までビックリする。
その体が小刻みに激しく震え、僕も抑えつけるのが大変だった。
やがて……。
「……んッ!?」
今だメイデの体に肉蔦を入れているヨーテが反応した。
「この手応え……? まさか……!?」
ヨーテ、グイと手を引っ張る。
すると、スポンと引き抜かれた肉蔦の先に。幾本もの蔦に巻き付かれた深紅の宝玉。
「あれはまさか……!?」
「『勇気』の『神玉』!?」
間違いない
その証拠に、あの宝玉を抜き取られたメイデはがっくりと力を失い、僕の腕の中にしなだれかかってきた。
全身を覆う豪奢な鎧も塵となって消え、肌が赤裸々に晒される。
「ゴロウジロー様! 今です!」
ライレイの呼びかけ。
言われるまでもない。
メイデを狂わせ、オークの都に被害をもたらした本当の犯人。
『勇気』の『神玉』。
思えば、前の『七神徳』ハムシャリエルを倒した時に、コイツともども完全消滅させておかなかったことが、間違いの始まりだった。
同じ失敗は二度と犯さない。
すべての災いの根源よ、もはや再び出会うことのないように……。
「砕け散れぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーッッ!!」
左腕に意識のないメイデを抱え、右手で振り下ろした『正魔のメイス』が、しっかりと『神玉』の芯を捉えた。
メイデに対しては発揮できなかった『憤怒』と『正義』の力が、ことさらメイスに宿る。
神の体から分かれ、長きに渡って神威を振るってきた壊滅の玉は、その瞬間粉々に砕け散り、砂粒より細かくなった破片すらも焼き尽くされて、完全に消滅した。
もはや『七神徳』を生み出す七つの災厄は、その一つが永遠に猛威を振りまくことはなくなったのである。
「ゴロウジロー様!」
「ゴロやん……!」
「ゴロウジロー!」
メイデを抱えながら地上に降りる僕に、ライレイ、リズ、ヨーテが一斉に駆け寄ってきた。
地上の様子は、一度ヨーテが火災における炎をすべて強奪したため、今ではほとんど沈静化していた。
「メイデ、メイデ……! 大丈夫か?」
『勇気』の『神玉』が抜けてから、ぐったりと意識のないメイデ。
まさか、という不安を抱えつつ、肩を揺さぶってみるものの、それを二、三度繰り返したところで……。
「あ……、え……?」
うっすらと目蓋が開いた。
「ゴロウジロー、お姉様? 一体どうして……?」
「ああ、よかった!」
半泣きになりながらライレイがメイデに抱きついた。
オークの都を震撼させたバルキリー騒動は、これにて落着した。




