54 一目置く
「ゴロウジロー様!?」
レリスが、手中にあるべきものがなく空っぽの手を伸ばして叫ぶ。
「どういうことです!? 『竜帝玉』は、この状況を打開するための最後の切り札! それの力を引き出せるのは私だけです!!」
その口調は、もはやヒステリーと言っていいぐらいだった。
「『竜帝玉』を使われないというのであれば、いよいよ残る手段はそのバルキリーを殺す以外にありません! それを望まれないのなら、私にこそ『竜帝玉』を!! ゴロウジロー様!」
「僕なりに、『竜玉』についてわかってきたことがある」
僕は、滅多やたらに振り下ろされるメイデの剣を受け止めつつ問答する。
「『竜玉』は、それさえあれば強くなれるわけじゃない。『竜玉』は宿主の心を力に変える装置だ。『憤怒』の『竜玉』なら怒りの心を『傲慢』の『竜玉』なら自分を信じる心を、エネルギー源として暴力を生み出す」
ならば。
「この中でもっとも『メイデを救いたい』と思う者が『竜帝玉』を使うべきだ。
それはライレイ、キミだろう!!」
名前を呼ばれて、ライレイの肩がビクリと震えた。
その手の中には既に切り札が……、もとい切り玉が眠っている。
「ライレイ!」
レリスが金切り声を上げる。
「ゴロウジロー様は混乱なさっています! いいからアナタの手の中にあるそれを、私に渡しなさい! そうすれば私が必ずゴロウジロー様とあのバルキリーを救ってあげます!!」
「…………ッ!?」
ライレイの表情には迷いがあった。
「ただの中隊長に過ぎない私が……! こんな大事なものを……!!」
「そうです! 『竜帝玉』を扱うのは『七凄悪』である私でなければ! アナタでは役不足です! ゴロウジロー様を救いたいのであれば……!」
ライレイに向かって伸びようとした手を、別の手が払った。
「だから何度も言ってるじゃない。『七凄悪』はアンタ一人じゃないって」
「リズ!?」
『傲慢』リズが、ライレイを庇うように立ちはだかる。
「こっちは引き受けた! ライレイはアンタに任せたわよ!」
「承知……!」
ライレイの体を何者かが掴み取り、そのままライレイごと空へと飛び立つ。
「ええええええ~~~~ッッ!?」
急に足が地面から離れて、大混乱のライレイ。
「……暴れるな。ライレイはおっぱい大きいからその分重い」
「ヨーテ様!? アナタ、飛んで……!?」
『強欲』ヨーテは、みずからの力でフヨフヨ浮遊し、両手でつかんだライレイ共々僕たちの方へ向かっていた。
「ヨーテ様、たしかにメス化する前は天界の天使から飛行能力を奪って、それで浮遊してましたけど。たしかゴロウジロー様に負けたことで全部リセットされたんでは……!?」
「再ゲットした。入手経路は秘密で……!」
「ゴロウジロー様に怒られますよ」
「ストックは最小限にする。メス化してキャパも小さくなったし、あんまり詰め込みすぎるとプロポーションが崩れる……!」
とにかくヨーテは、ライレイを抱えたままこちらへ突進。『勇気』化したメイデに急接近する。
「……ライやん、一つだけ言っておく。ゴロやんの判断は正しいと思う」
「え?」
「リズとかは『傲慢』だから絶対言わないけど、ライやんのことを認めている。軍団長でもないのに、『七凄悪』の力も持たないのに、壊滅寸前『憤怒』の軍団を必死に支えてきたライやんには一目置いてきた」
それは絶対に明かされることのなかった、軍団長たちの本音。
「それでも『憤怒』の軍団長に抜擢されないのは弱いからだろうって決めつけてたけど、違った。実際はゴロやんパパから『憤怒』の『竜玉』を回収できなかったから、軍団長にしたくてもできないだけだった」
「それがわかった以上、認めないわけにはいかないでしょう」
地上から、リズの声も飛ぶ。
レリスと激しく睨み合いながら。
「いいから行きなさいよ! 今ゴロウジローが求めてるのはアンタなんだから! ゴロウジローの所有物であるアタシたちは全力でサポートしてやるわよ!」
「と、いうわけで。飛翔突貫……!」
ライレイを抱えたまま全速で空を飛ぶ、メイデめがけて一直線に。
「えぇ……!? ちょっと待ってくださいヨーテ様。このままこのスピード、このコース。このままだと……、ぶぶぶ、ぶつかる!?」
そのまさか。
僕と鍔迫り合いで、たまたま動きの止まっていたメイデにヨーテ、ライレイが正面衝突。
「ふぎゃッ!?」
さすがにその勢いで、派手に吹っ飛ばされるメイデ。
しかしそれはぶつかってきた方も同様で、ヨーテもライレイも反動で跳ね返され、空中に投げ出される。
「ふえぇ~~~ッ!?」
「ライやんのおっぱい重量で押し勝つと思ったのに……。不覚」
いや不味い!
反動の衝撃でライレイは、完全にヨーテの手から離れて吹っ飛ぶ。
彼女自身に空中に留まる能力はない。
このままじゃ地面に激突する!
「あっ」
しかも彼女の握っていた『竜帝玉』まで手から零れ落ち、空中を漂っていた。
それに気づいたライレイは……!
「いけないッ!」
どこかに放り出されてはいけないと、ライレイは空気を掻いて必死に『竜帝玉』を追いかける。
何とか追いつくものの、手でのキャッチを失敗して、苦し紛れに口で『竜帝玉』を咥えこむ。
「やっふぁ!」
やった! と言いたかったのだろう、しかしライレイは勢い余ってそのまま……。
ゴクリと。
喉が鳴ったのが、彼女を救おうと急行する僕からも見てわかった。
『竜帝玉』を、飲み込んだ!?




