53 逆転の玉
「『勇気』ィィィィーーーーーーーーッッ!!」
『勇気獣』を放つよりも、みずから攻めたてる方が有効と気づいたのか。メイデは聖剣を振り回しながら僕に迫る。
「くっ!」
僕はその剣閃を、ある時はひらりとかわし、またある時はその身で受け止めながら、あくまでメイデを傷つけないように際どく凌ぐ。
まるで全力で投げつけられてくる生卵を割らずに受け止めろ、と言われるような気分だった。
向こうは本気で殺しにかかっているのに、こっちはメイデに掠り傷もつけられない。
能力も思うように振るえず、体中にメイデの安全と引き換えにできた切り傷ばかりとなった。
「ああ、ゴロウジローが……!」
「無敵のはずの体に、あんなに傷を拵えて……!」
地上から見守るリズやヨーテの、歯がゆい気持ちが伝わってくる。
「……もう、我慢できないわ。アタシのゴロウジローをあんなに傷つけて!」
「ゴロやんに、あのバルキリーを殺す気はない。打開策は事実上ない。なら、ゴロやんに恨まれてでもウチらが……!」
ヨーテが両手を大きく広げ、その先から何本もの肉の蔦を放つ。
あれは彼女の『強欲』能力。別のものからあらゆるものを奪い、自分のものにする力。
あの肉の蔦は、他者からヨーテへ様々なものを移す媒介のようなものだったはずだ。
ヨーテはそれを四方八方へと伸ばす。どうやら目標は人ではないらしい。
彼女は何から何を奪おうというのか?
すると変化はすぐに現れた。
狂乱したメイデによるものであろう、オークの都を苛む火災が、見る見る鎮火していったのである。
その代りに、肉の蔦を通ってどんどん炎がヨーテの下へ集まってくる。
「まさか……! ヨーテは能力で建物から炎を強奪して……!?」
上空から見下ろしつつ、僕はヨーテの意図を計りかねた。
やがて、その身に充分な大火を背負いながら……。
「……こっち、準備オッケー。リズやん同時に行くよ」
「いいわよ! シャイニング・プライド!!」
リズの指先から発せられるお馴染みの閃光。それと同時にヨーテの体から、集めに集められた大火が放たれた。
「火災を治めつつ攻撃手段に使う。『強欲』の新たな利用法……!」
当然、両者が向かう先はメイデ一点だが、それを僕が一振りの元に打ち砕く。
「ゴロウジロー!!」
「ゴロやん……!?」
二人の気持ちは痛いほどわかるが、それでも目的を遂げさせるわけにはいかない。
「僕が何とかすると言っただろう! 二人は下がって……、うわッ!?」
背後からいきなりメイデが切りかかってきた、危うく身を捻るが、背中に浅い刀傷がつく。
「目障りなブタどもめ……! コイツの相手でもしていろ!」
そして放たれる『勇気獣』。
あれにライレイ、リズ、ヨーテたちを襲わせる気か!?
「くっそッ!!」
大口空けてオーク娘たちを飲み込もうとする巨獣。
「きゃああーーーッ!?」
僕は慌ててその後を追った。その背中へメイスを叩きつけ、打撃によって真っ二つに引き裂く。
「バカめ! またしても背中ががら空きだぞ!!」
「ぐあッ!?」
そこへ再び斬りつけられるメイデの聖剣。
またしても背中が抉られる。
「なるほど……! お前の隙を突く有効な方法を見つけたぞ! 『勇気』の攻勢開始だ! 『勇気獣』!!」
またしても生み出される巨獣。今度はその目的は明確に、地上のオーク娘たちだった。
「おのれッ!!」
相手の目論見がわかっていても、相手の想う通りに動くしかない。
僕は地上の彼女らを守るために『勇気獣』を追い、そのためにメイデに背を向けるしかなかった。
そして背後から突き立てられる刃。際どくよけながら巨獣を割り、また生み出される巨獣を追う。
今度はその繰り返しとなった。
「ああ……! ゴロウジローが……!!」
「ウチらを守るために、あんなに……!!」
しかし、本当にマズくなってきた。
『勇気獣』自体は僕にとってはザコでしかないが、大元のメイデを止める手段がない限り、延々といたちごっこだ。
しかもこっちにダメージが蓄積されるばかりの。
早いとこ解決策が見いだされなければ、こっちの命が尽きてしまうぞ。
「まだまだぁッ!!」
さらに生み出される『勇気獣』。
僕もさすがに体力が尽きかけ、追うスピードが落ち始めていたところへ……。
『勇気獣』が何もしていないのに爆発した。
まるで内側から破裂したみたいに。
一体何事だ?
「『神玉』の力で生み出された疑似生命といえど、生物であることには変わりありませんので」
「レリス!?」
現れたのは、『七凄悪』の一人『色欲』レリスだった。
「レリス様……!?」
「ゴロウジロー様! 今こそ『竜帝玉』を使う時です!」
周りも気にせず、レリスは真っ直ぐ僕へ呼びかける。
「あらゆる手段が封じられた今、残る勝機は『竜帝玉』に賭ける他ありません!!」
「はあッ!? でも、この玉をどう使えば……!?」
メイデからの猛攻を凌ぎつつ、レリスの言葉に耳を傾ける。
肝心の『竜帝玉』は、まだ僕の手中にあった。
「先にも申したはず! 『竜帝玉』には、ただ他の『竜玉』を管理するだけではない、隠された力があると! その開放に成功すれば、状況を打開できるかもしれません!!」
随分あやふやな頼み綱だなあ……!
しかし今、レリスの主張以外に何もいい手は思い浮かばない。
「ゴロウジロー様! 『竜帝玉』を私に! 私がその力を大急ぎで解析いたします!」
僕へ向けて手の平を伸ばすレリス。
「…………ッ!?」
僕は様々なものを見渡しながら考えた。
傷だらけの自分。燃える都。心配そうな目で見上げるオーク娘たち。変わり果ててしまったメイデ。
それらを見渡して、僕の心は決まった。
「受け取れぇぇッ!」
全力で『竜帝玉』を投げ放つ。
それを向こうがキャッチする。
狙い通りに『竜帝玉』を受け取ったのは……。
ライレイだった。
「!?」
「!?」
「「!?」」
その展開に誰もが困惑の表情を示す。
「ゴロウジロー様!? 何故私にこれを……!?」
何が何だかという表情のライレイ。
「ライレイ! キミが『竜帝玉』を使え!!」
「ええッ!?」
「キミが『竜帝玉』でメイデを助けるんだ! メイデのことを一番心配しているキミが!!」




