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50 囁く魔

 ライン=メイデは栄えある天界軍の兵士である。

 種族はバルキリー。

 量産型天使、聖獣よりも高いコストで生産される天界軍の上位種。

 彼女もその気高き種族の一人として、天界軍を構成する『勇気』の軍勢に加わり、汚らわしき地上へと攻め込んだ。

 それが彼女の初陣でもあった。


 天界軍は常勝不敗。

 敵は必ず死に、攻撃目標は必ず無人の荒野と化す。

 彼女の生まれて初めて戦いもそうなるはずだった。

 しかし、その日その戦場には、今まで存在したこともない最悪の鬼神が待ちかまえていた。

 鬼とも言うべき凶悪なオークは、天界軍でも最強と呼び声高い七人の勇者『七神徳』の一人を容易く葬り去り、そのままの勢いで『勇気』の軍勢を全滅させてしまった。


 いや、正確にはたった一人の生き残りを除いて。

 その生き残りこそがメイデ。


 彼女は、せめて亡き同輩の無念のために一矢報いようと最強オークを襲ったが、容易く捻られて捕まってしまう。

 最強オーク――、ゴロウジローはそのまま彼女を殺すこともできたが、それをせず虜囚にし、自分たちに同行させた。

 その途上、メイデは本来敵であるオークたちとたくさんお話をしたり、一緒にご飯を食べたりして、とにかく一緒に過ごした。

 天界軍数万を皆殺しにした、魔神とも言うべきゴロウジローは接してみたら意外なほど紳士的で、好感すら持てた。

 強い魂を集めるために、時には色仕掛けまでして強者を掌握しなければいけないバルキリーの使命を思い出し、早速ゴロウジローを標的としたメイデ。

 それに際し、常にゴロウジローの傍らに控えるライレイも同じようにゴロウジローを想い、気持ちを共有するには格好の相手だった。

 ゴロウジローの強さ凛々しさを話題にすればいつまでも盛り上がることができ、メイデはライレイのことを「お姉様」と呼んでいつしか慕うようになった。

 それ以外にも、何万人といながら何故が女性しかいないオーク軍の中でバルキリーのメイデはことさら珍しがられ、多くの女オークから可愛がられた。


 オークの都に着き、見るのもおぞましい小オークから「処刑しろブヒ」と言われた時はさすがに泣きそうになったが、素敵なゴロウジローが逆に醜い小オークを粉々にして殺してくれた時は、胸がキュンキュンするほど嬉しかった。

「この人は、私のためにこんなにまで怒ってくれたんだ」と思って。


 それ以降、メイデは虜囚の扱いすら受けなくなったが、それでもオークの都に身を寄せていた。

 ゴロウジローは優しいし、ライレイや他のオーク娘たちともとっても仲良しだ。

 今日なんかも、リズとヨーテが喧嘩したり、ライレイがゴロウジローと熱烈なキスを交わしたりするのを傍からずっと見ていた。

 見ていて飽きないほどの連日お祭り騒ぎだった。

 あのあと、ミキに飲まれかけたリズ、ヨーテを引っ張り出すのも手伝ったし、ゴロウジローが二千人と唇を交わすキス祭りではどさくさに紛れてメイデもキスしてもらった。


 毎日がお祭りのようで、楽しくて楽しくて仕方がない。

 こんな気持ちになったことは、天界にいた頃は一度たりともなかった。


 仲良くなったオーク娘たちと、キス祭りでの高鳴る気持ちを語り合ったあと、オーク城に還るために別れる。

 今メイデはゴロウジローたちと共に城内に寝泊まりしていた。

 半壊したといえども都でもっとも堅固なあの城にはゴロウジローもライレイも滞在しているため、彼女にとっては何より素敵な場所だった。


「今日もお姉様と一緒にお風呂はいろー。今日はゴロウジローにキスしてもらったから、夜にはもっと先に行けるかもねー?」


 と軽やかな足取りで家路をたどるその時だった。


「裏切者」


 背後から突き刺さる声にゾクリとして、メイデは振り返った。

 周囲には誰もいない。

 日が沈みかかって、長く伸びる影があちこちで交差するオークの都の路地裏に、メイデの孤影がポツンと一つ。


「お前の仲間は皆死んだ。『勇気』の軍勢の名に恥じぬ勇猛果敢な戦いぶりで、倒せぬ敵にも立ち向かい、壮麗に散っていった。無様に生き残ったのはお前だけだ」

「誰だ!? どこから話している!?」


 声はすれども姿は見えず。

 夕暮れの入り組んだ裏路地のどこかに隠れているのだろう。

 メイデは迷った。

 所かまわず攻撃して焙り出すか、それとも脱兎のごとく駆けてオーク城まで逃げ込むか。

 しかしメイデに撃ち込まれた呪いの言葉は、彼女がとるべき行動をあらかた封じてしまっていた。

 呪文はさらに続く。


「恥知らずの戦乙女ライン=メイデ。命惜しさに敵に媚びる売女。今の自分を恥ずかしいとは思わないのか? 天界の敵、汚らわしいオークどもと共にいる。汚れと交わり、みずからも汚れる。お前はもはや天界の一員たる資格もない」

「黙れ! お前は何者だ!?」

「お前の上官、勇ましき『勇気』の『七神徳』ハムシャリエル様は、それは見事に散った。あの凶悪オークに敵わぬまでも、『勇気』の名を背負うに相応しい見事な散り様であった。それに引き換えメイデ、お前のなんと無様なことよ」

「違う、そんなことはない!」


 ついにメイデは、この姿なき声の挑発に乗ってしまった。


「私は、気高き天の使命を忘れてなどいない。私がゴロウジローの傍にいるのは、あの強き魂を天界に持ち帰るためだ! それがバルキリーの使命だから、初陣前にそう教わったから……!」

「では何故行動せぬ。あのオークをさっさと殺して魂を取り出せばよかろう?」

「はあ、お前バカか?」


 メイデは言う。


「ハムシャリエル様ですら倒せなかったゴロウジローを、私なんかが倒せるわけがないじゃないか。だからバルキリー特有の隙も生じぬ二段構え、色仕掛けでゴロウジローを骨抜きにしようと行動の真っ最中なのだ!」


 実際のところ、メイデからそんな気構えはとっくの昔に消え去っていた。

 強き男に自分を愛させるため、自身もまた他者を愛する機能を心に備えてしまったバルキリー。

 気のいいオーク娘たちとすっかり打ち解けて、殺すどころか戦うことだって考えられなくなってきたその心を、メイデ本人はまだしっかり見定められなくなっている。


「そんな回りくどいことをせずとも、力さえあればゴロウジローを殺すことができると?」

「だから、私にはそんな力ないって言ってるだろう!」

「では、お前にこれを授けよう」


 路地の奥の暗がりから、ぬっと白い手が浮かび上がった。


「ヒッ!?」


 細くて小さい、女の手。

 その五指が広がると、掌の上に小さな宝玉があった。

 血のように赤い輝きを放つ、妖しい宝玉。


「これは……!?」

「『勇気』の『神玉』。役立たずのハムシャリエルから回収された、大神ヴォータン様の眼窩よりくり抜かれ、七つに砕かれた神眼の破片の一つ」


 告げられてメイデは驚く。

 神界で死んだはずのハムシャリエルの中にあった『神玉』が、何故ここに。


「さあ、勇ましき戦乙女ライン=メイデよ。今度はお前がその身に『神玉』を宿し、次なる『勇気』の『七神徳』となるのだ。そしてあの忌まわしき混血のオークを殺し、『竜帝玉』を奪い取れ!」


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