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04 巣立ち

 数日後。

 すっかり旅装を整えた僕の姿が、家の前にあった。

 さらには、僕の見送りのために全員集合した家族。


「にーちゃ!」「行かないで、にーちゃ!」


 妹たちは僕との別れを拒み、今なお引き留めようとする。

 僕だってこの子らと離れるのは胸が張り裂けそうになるぐらい嫌なのだが、行かないわけにはいかないのだ。

 僕にはやるべきことがあるとわかったのだから。


「我が息子よフゴ……」


 オヤジとの別れを惜しむ番になった。


「息子よ、くれぐれも頼むフゴ!」

「任せておいてくれ」


 将来、妹たちを襲いそうなオークたちはすべてこの手で始末して見せる。


「あるいは、オークなど儂の手で滅ぼせばよかったのかもしれないフゴ」

「オヤジ?」

「しかし儂はオークの世界で育った生粋のオークだフゴ。儂に同類を裁く権利はないフゴ。あるのはお前フゴ。体に半分、別種の血を受け継ぎ、オークを外側から眺めることができるお前なら。オークが滅ぶべき邪悪な生き物なのか、決めることができるフゴ」

「妹たちに危害を加えるなら、邪悪で滅ぼしていいんじゃない?」


 心底本気でそう言った。


「決められたとしても、本当にオークを滅ぼすことができるなどお前ぐらいのものだ」

「母さん」


 遅れて母さんがやって来た。

 何か大きなものを抱えている。


「改めて、なんという怪物を、自分の腹から生み出してしまったものだ。そう思うよ。天界軍の総勢力をもってしてもいまだに滅ぼすことができないオークを、たった一人で滅ぼすなどと言い出して、それがすんなり信じられてしまうのだから」

「だって! 妹たちの純潔のためですから!」


 妹のためなら何億人であろうと殺す。それが兄。


「恐ろしさ半分、誇らしさ半分と言ったところだな」


 母さんは複雑そうに笑った。


「息子よ、私には長いこと何故かと考えていたことがある。私は女腹で、幾度となくご主人様の精を注がれながら生み落としたのは全部女の子だった」

「あまり生々しい表現は……!」

「その中で、何故一番最初のお前だけは男児だったのだろうか? とな。違いがあるとすれば、我が腹にお前を宿した時、私とご主人様はまだ敵同士だった。愛もあったが、それ以上に憎しみもあった。ゴロウジロー、お前はきっと私とご主人様の愛の結晶であるばかりでなく、私とご主人様の怒りの結晶なのだ」


 怒り、憎しみ。

 そうした攻撃的な感情が、母さんの腹の中で形作られていく過程で、僕をオスにしていったと。


「息子よ。お前は『正義の怒り』だ」

「何それ?」

「『正義』とは感情だ。悪を憎む怒りの感情だ。だからこそ『憎むべき悪とは何か?』を別のところで考えていかねばならぬ。考えて答えが出たところで初めて『正義』という激情を悪にぶつけることができるのだ」


 母さんは言った。


「考えることをやめてはいけないぞ。それをやめてしまった『正義』はただの独善に陥る。独善とはすなわち悪のことだ」


 そして母さんは、さっきから抱えていた大きな何かを僕へ差し出した。


「餞別だ。私と、お前のお父様からの」


 それはメイスだった。

 いわば金属製の棍棒で、柄の長さといい、握りの太さといい、僕の体格にしっくり来た。


「お前が山一つ潰した時に魔鉱石が出土していてな。それを私の魔力で精錬し、ご主人様に打ってもらったのだ。『正魔のメイス』と名付けてみた」

「『正魔のメイス』……」


 我が相棒となるその槌を、背中にかける。


「ありがとう父さん、母さん。行ってきます」

「にーちゃ!」「お土産お願いね、にーちゃ!」


 妹たちを一人ずつ抱きしめ、最後に母さんと、そして父さんとも抱擁を交わす。

 こうして僕は、生まれ育った土地から初めて、外へと出る。


              *    *    *


 それから一ヶ月ほどは誰にも出会わなかった。

 山を越え、川を渡り、谷を飛んで、それでも話ができるような相手と出会ったことはただの一度もなかった。

 寂しい反面、それは喜ばしいことでもあった。

 それだけ両親と妹たちが残る家は人里から離れた場所にあり、僕の留守中、不測の事態が起こる可能性は低いということだった。


 そしていよいよ、遭遇の時が来る。


              *    *    *


 何もない荒野を一人歩いていると、進行方向の向こう側から何かが駆け寄ってくるのが見えた。

 最初は獣かと思ったが、違う。

 獣と違ってソイツらは、二本の足で走ってきた。


 間違いなく、オークだ。


 オヤジ以外のオークをその時初めて見た。

 潰れ鼻で太鼓腹。おおむねオークの基本的特徴を抑えている。

 ソイツらは十人ほどの集団で、何かを追い回していた。


 女性だ。


 年齢は僕の妹たちより少し上程度のうら若い女性。しかもほとんど裸で、オークたちから必死に逃げようとしている。

 背後からオークが飛びかかり、彼女が押し倒されて捕まる。逆方向から来た僕とその集団が接触するほどの距離まで接近したのは、その時だった。


「あぁん? なんだフゴお前は……!?」


 オーク集団の一人が、いかにもガラの悪そうな態度で僕を睨む。


「この辺に他の軍団がうろついてるなんて聞いてないフゴ? お前もオークフゴ? ……っていうかなんだその腹? 無様にへこんでるフゴォォ!?」


 一匹目の声に合わせて、オーク全員がゲラゲラ笑いだす。

 女の子は、もがきながらもオークに押さえつけられ、逃げられない。


「その女性を、どうするつもりだ?」


 僕は静かに尋ねた。


「どうする? 決まってるフゴ? メスはオモチャにするのが決まりフゴ!」


 女の子を押さえつけているオークが、その手にさらなる力を込める。苦痛に女の子の悲鳴が上がり、その声に反応してオークたちがドッと歓声を上げる。


「お前も混ざりたいフゴ? でもダメフゴー? 女を手籠めにするのは強いオークだけの特権フゴ。乾いた荒れ地みたいにデコボコした腹のお前は、そこで物欲しげに見てろフゴ!」


 またドッとオークたちの笑いが響く。

 僕はそれを冷めた目で見ていたが、それが先方の気に障ったようだ。


「あぁん? なんだその目は? 文句でもあるフゴ? だったら教えてやるフゴ。オークの世界では強いヤツが何やってもいいってことをなフゴォ!!」


 予告もなしに振り込まれるパンチが、僕の顔面にヒットした。

 メギリと肉が潰れ、骨が砕ける音。

 その音に、他のオークたちから嘲笑の気配が伝わってきた。


「おげーーーーッ!? 痛ぇフゴーーーッ!?」


 しかし悲鳴を上げたのはパンチを繰り出したオークの方だった。

 僕の顔面に激突した拳が砕け、血を流している。

 肉が潰れた音も、骨が砕けた音も、コイツの拳から発せられたのだ。


「強いヤツが何をやってもいいと、そう言ったな?」


 顔についた血を拭う。

 無論相手オークの返り血で、僕の顔にはかすり傷一つない。


「ならば好き勝手やらせてもらおう。本物の強者の振る舞いを、その目に焼き付けろ」

初回一挙掲載分はここまでとなります。

次回からは一日一話ペースで、19時の掲載を予定しています。

『オークと戦乙女の息子です』を、これからもよろしくお願いいたします。

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