47 玉の秘密
「『竜帝玉』……?」
それは、今は亡きオーク王の体から出てきた八つ目の『竜玉』。
この地上に住まう七匹の邪悪竜。その力の一部を抽出して結晶化した七つの宝玉。それが『竜玉』だ。
『傲慢』『強欲』『暴食』『怠惰』『嫉妬』『色欲』『憤怒』。司る七つの罪に応じて色分けされた七つの玉は、それを埋め込まれたオークたちに竜の力を与える。
その凄まじい力は、オーク軍が天界軍の侵攻を押し返すための重大な戦力となった。
『竜帝玉』は、その七つの『竜玉』を束ねて管理するために、重ねて七竜がオークに与えたものだという。
それを埋め込まれた者は、実質的に『七凄悪』への管理者権限が与えられる。
そして逆らう『七凄悪』に罰を与え、従わせることができる。
すべては偶然竜たちとコンタクトを取った故オーク王が、口八丁で追加してもらったものだと聞くが……。
その『竜帝玉』は、今や前オーク王を殺した僕の手にあった。
「この玉が、どうかしたのか?」
僕の質問に、レリスは落ち着いた表情で答えた。
「ゴロウジロー様。『竜帝玉』には、いまだ明らかにされぬ巨大な力が多く隠されています。仮にもすべての『竜玉』の上に立つ『竜帝玉』。ただ他の『竜玉』の保有者に命令を聞かせるだけの玉ではありません」
「ほう」
随分確信をもって言うんだな。
「『竜帝玉』には、もっと重大な力があるはずです。それこそ七匹の邪竜すべての力を集めた……。その力を完全に引き出せば、あらゆる問題は解決するはずです」
「ふむう……」
僕は改めて、自分の手の上にある真っ赤な玉を見詰めた。
血のような赤。
この玉が、竜の力を抽出してできたと言われるが、抽出したのは力ではなく血で、それを宝玉に変えたのではと思えるほどだ。
「実はわたくし、これまで死んだ元オーク王の居室へ入り、家捜ししておりましたの」
「姿が見えなかったのは、そのせいか」
「『竜帝玉』はこれまでずっとあの男の中にあったのです。あの男なりに研究し、その資料を蓄えていないかと思ったのですが、期待しただけバカでしたわ。何も出てきませんでした」
そこで……、とレリスはグイグイ迫ってきた。
その豊満なおっぱいが僕の体に押し付けられそうなぐらいに、実際おっぱいが楕円に潰れるぐらいに押し付けてきたが……。
「『竜帝玉』をわたくしにお貸しいただけませんかゴロウジロー様? 『竜帝玉』を直接調べ、その力を余すことなく明らかにすれば、現在オークを襲う様々な問題が一挙に解決するかもしれません!」
襲いくる天界軍。敵か味方かわからない邪悪竜たち。僕の先走りで発生した重大な男女比バランス崩壊。
これから新たに作り直すオーク国家の形態。
それら様々な問題。
「オークの輝かしい未来のために、『竜帝玉』をわたくしに!」
「うん、嫌です」
即答させてもらいました。
「ッッ!?」
それに対し、レリスは一瞬だけだが今までのないほどに禍々しく表情を歪めたが、すぐに取り繕い。
「ですが……、現状を打破するために他に方法はないですし、試しに、ということでも……!」
「うーん、なんか違うと思うんだよね」
僕的には、オークの中から起こった問題は、オーク自身の力で解決しないと、と思うのだ。
そう簡単に余所から与えてもらったものに頼り切っていては、それに慣れきっていつしか自分の力で対処する発想自体を忘れ去ってしまうかもしれない。
「いっそのこと、『竜帝玉』はここでぶっ壊しておいた方が……」
「ダメ!!」
レリスとは思えない慌てた声音。
「ご、ゴロウジロー様……! そこは慎重に。『竜帝玉』を壊してしまったら、他の『竜玉』にもどんな影響が出るか……!」
「それもそうか」
実際のところ天界軍は僕さえいれば何百回でも全滅させてやるところだが、リズもヨーテもいまだに自分たちが『七凄悪』であることに誇りに思っているみたいだから、それをとり上げるのも可哀想だ。
「とりあえずこのままにしておくか」
「でしたら、ここは一から調査してみてはと……!」
「くどいですよレリス様。弁えてください」
と、口を挟んだのはライレイだった。
一応レリスは『七凄悪』の一人で上官だが、それに怖気ず果敢に挑む。
「ゴロウジロー様は既に新たなオーク王となられたのです。そのゴロウジロー様の決定にいちいち口出しするなど、僭越ではありませぬか。お控えください」
「黙りなさいライレイ。中隊長風情がこのわたしに意見するなど……!」
「じゃあアタシからも言わせてもらおうかしら?」
リズまで追随しだした。
「『竜帝玉』ってさ、たしかに大事なものだと思うのよね。それをもってるヤツは全部の『七凄悪』を従わせることができるんでしょう? それだけでも大変なことよ。万が一にも天界軍の手に渡ったらお仕舞だわ」
「……その所在は、よくよく慎重にしておいた方がいい。差し当たって『竜帝玉』は王の証。常に王たる者が持っておくべき」
さらにヨーテも。
「ゴロやんは、名実ともに『竜帝玉』の持ち主に相応しいし、ウチらもゴロやんが所持者なら安心できる。でもレリス、アンタが持ってちゃ安心できない」
「アンタ、得体の知れないところがあるもんねー。とにかく直接の被害を受ける『七凄悪』のメンバーとして、仮に一時でもゴロウジロー以外の手に『竜帝玉』が渡るのは大反対。……いいわねレリス?」
「アンタの同格の意見」
レリスと三人娘、双方の間で激しく火花散る。
「……わかりました」
引き下がったのはレリスの方だった。
「わたくしも出過ぎたマネをしたようです。ゴロウジロー様も、他の皆様も、ご気分を害されたのであれば申し訳ありません。ただ、これもすべてはオークという種の存亡のため。私心なきことはどうかご理解ください」
殊勝に一礼すると、レリスはそのまま表れた時と同じように音もなく去って行った。
しかし、僕の耳はその瞬間、誰にも聞き取れそうにないほど微かな舌打ちの音を、しかし聞き逃したりはしなかった。