45 閨房の発生
「……まあ、わかっていましたけれど」
事が終わって、ライレイは諦め半分といった表情で呟いた。
「ものの見事に、都の全オークをメス化させたわね。二十万かー。それ以前にメス化させたのも合わせて、二十七万九千人?」
「オークの都の総人口も誤差あるから、もう単純に二十八万でいいと思う……」
こうしてオークの都は、うら若い乙女だけで構成された、世にもピンクな都へと変貌してしまった。
困ったことになった。
都に女の子しかいなくなったのでは、施行したばかりの『レイプ禁止令』も早速空文化ではないか。
夜も更けた。
半分瓦礫化したオーク城と言えども政庁としての機能は維持せざるを得ず、無事だった一室を会議室として利用。
ライレイ、リズ、ヨーテのお決まり三人娘が額とおっぱいをつっつき合わせて、真剣に討論中だった。
「やっぱりゴロウジローをオーク王にするって、無茶だったんじゃない? こうなる未来が百%見えていたでしょう?」
「実際になってしまったものを過ぎてから悔やんでもしょうがありませんよリズ様。問題はこれからです」
「そうそう……。それに『強い者が頂点に立つ』というオーク絶対の掟によって、ゴロやんがオーク王になるのはもはや既定路線。その道を外れてしまったら、オークはもはやオークでなくなる」
議論は混迷を深めているようだった。
しかし、話し合いに彼女たち三人しか加わっていないのは、彼女たちこそ過去軍団を率いていた実績から、建設的な意見を打ち出せると判断されたからだった。
僕は、ついこの間故郷から出てきた田舎者だし、今は議論の輪から離れたところでどっしり座って、三人娘の話し合いを見守ることにしていた。
部外者のメイデも同様。メス化しておっぱい吸うことしかしなくなった『暴食』娘ミキを乳からぶら下げ、そのお守りの役目を果たしている。
そしてもっとも厄介な『色欲』レリスは、この場にはいない。
いつの間にかいなくなっていた。
様々な意味で全貌を掴めない彼女の暗躍は、充分警戒すべきところだが、なまじ近くにいられても登場人物全員を全裸にするとかとんでもないことをしでかす彼女である。
とにかく会議を平和裏に進めるためにも、今彼女には席を外してもらった方が有難いかもしれぬ。
というわけでライレイ、リズ、ヨーテたちの会議模様を今しばらく見守ることにしよう。
「とにかく、ゴロウジロー様がオーク王となられたことは既定の事実。道理的にも動かしがたく、今さら議論してもどうしようもありません」
「強い者が頂点。ゴロやんほど頂点に相応しい人はいない。さすがはウチを負かせた人。最強無敵ムテキング……!」
「そんなことわかってるわよぅ! まあ? この『傲慢』リズ様を倒したオークなんだから、オーク王になれるくらいの強さは最低限欲しいところよねえ? アタシの主人になるオスなんですから、オーク族全体に主人であるのは、当たり前でしょう!!」
「たまに思い出したように『傲慢』アピールしないでくださいリズ様」
会議は順調……、なのか?
早速明後日の方向に向かいだした気が……?
「しかし、考えてみればそうですよね? 私ことライレイは、ゴロウジロー様によって女体化させられたばかりでなく、生涯ゴロウジロー様の女となることを誓ったのです! ゴロウジロー様がオーク王となられた以上、一番傍にいる女として精一杯補佐しなければ!!」
「……ライレイ、ことあるごとにそれ言ってるけど。正直ズルい。だったらウチもゴロウジロー専用のメスになる……!」
「はあ!? 何言ってるの! ゴロウジローにもっとも近いメスの座は、『七凄悪』『傲慢』を司る、このリズ様に決まってるのよね」
「それこそただの『傲慢』です」
「身の程を知れ……」
やっぱり会議の方向性が変なことに……?
「はいはーい。意見言っていいお姉様たち?」
と輪の外から手を挙げる人物。
変態バルキリーのメイデだ。
一応今でも捕虜待遇だというのに、この馴染みっぷりはハンパなものではない。
「ん? どうしたメイデ? ご飯ならさっき食べたばかりだろう」
「それよりミキのことちゃんとおっぱいにくっ付けときなさいよ。一瞬でも口が離れると、途端に新しいおっぱい求めて暴れ出すんだから」
三人娘たちも、今やメイデに対して友だちに対するかのように扱いがぞんざいだ。
「わかってるよー。それよりさ、さっきからお姉様たち、ゴロウジローの女とか専用のメスとか言って、その座を争っているように見えるけど……」
「「「ん?」」」
「それってつまり、ゴロウジローの妻になりたいってこと?」
「「「つま?」」」
この瞬間、何か禁断の知識がオークにもたらされた気がした。
「なんだその言葉は? 新鮮ながらもどこか甘美な響きがある……?」
「知らないの? そっか、オークって種族には結婚の概念自体がないのね」
「「「けっこんッッ!?」」」
さらなる禁断の知識ががががが……!?
「かつてこの地上に存在していたオーク以外の種族では、割と標準的なシステムだったのよ? 雌雄一対が、つがいになることを共同体に申請し、承認を受ける儀式を結婚というの」
「結婚……!」
「そして結婚して社会に承認されたつがいのことを夫婦というの」
「夫婦……!?」
「さらに夫婦になった、女の方の個体を特別に妻、あるいは奥さんと呼ぶのよ」
「妻……! 奥さん……!!」
何故だろうか?
新しい知識を強いれれば仕入れるほどに、この部屋の空気に不穏さが加わるように思えるのは。
「しかしメイデは、よくそんな他種族のこと知ってるね……?」
「言ったはずよ、私たちバルキリーは、地上の強い魂を回収するのが最優先任務。そのためには地上の強者に色仕掛けすることも辞さない。でも色仕掛けのためには、何より相手の恋愛観を知っておくことが必要不可欠!」
わかるような、わからんような……!
「だから私たちバルキリーは『火のプラント』でも製造時、前もって収集された地上人に関する恋愛関係の知識を一通りインストールされるの。ゆえに、そっち方面の知識には超詳しいのよ!!」
「自慢げに言うことか!?」
そして一方、禁断の知識を植え付けられたことで嫌が応にもボルテージを上げる三人が。
「妻、奥さん、結婚……!! 本来オークにはない習慣なれど、ゴロウジロー様が望む愛ある繁殖の観点から見れば、取り入れるべき新システム……!」
「ゴロウジローが新たなオーク王に就任した今、ゴロウジロー自身が全オークの法律と言っても過言ではないものね……!」
「結婚、大いにアリ……! そしてゴロやんと結婚、ゴロやんの妻の座に収まるのは……!」
「私!」「アタシ!」「ウチ……!」
避けがたき争いの予感。
「ああ、そうそう」
そしてメイデが最後のいらんことを言った。
「その中でも王様の結婚相手を特に王妃って言うらしいわよ。王様が特別であるように王妃も特別な存在で、他の者から敬われたんですって。ゴロウジローがオーク王になったって言うなら、その妻になる女オークは……」
オーク王妃。
その響きのハイカラさは、彼女たちから正常な判断力を奪うに充分だった。
「どうしましょう!! つい最近までしがない中隊長だった私が、オークの王妃に! 畏れ多いというか!」
「だったら辞退しときなさいよ中隊長風情が!! オーク王妃の座に相応しいのは、誰より、元々上位にあった『傲慢』軍団長、リズ様に違いないでしょうってばよ!!」
「地位の点では、ウチも同条件。よってウチこそオーク王妃に決定……!」
オークという種族が始まって以来初めての、王の寵愛を巡る後宮闘争が勃発した。




