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39 噴水

『七凄悪』の一人、『色欲』のレリス。


 僕のメイスを片腕一本で止めた女性は、たしかにそう名乗った。

 全身艶めくように熟れた体。

 通常のオークとはまったく違う、美と妖しさに溢れたその姿。

 それはオークにとって、一度の敗北を経た証ではないのか?


「既に女体化していながら、『七凄悪』に留まり続けているのか?」

「はい、それが『色欲』の罪科ですので」


 人当たりの良い笑顔に、思わず惹き込まれそうになる。

 その様子を外巻きに見ている僕の少女たちも……。


「あれが『色欲』を司る『七凄悪』? 初めて見た」

「リズ様も知らなかったんですか!?」

「『七凄悪』の中でも『色欲』はとりわけ謎だらけ……。ところでライレイ、ウチのちっぱいに吸い付いているミキちゃんそろそろ剥がして」

「交代制って言ったでしょう。もう少し我慢してください」

「くっ、私のおっぱいでよければ提供するが!!」


 ニューフェイスの『暴食』娘の扱いに、まだ試行錯誤が続くようだった。

 それはそれとして僕が向かうべきは、この妖艶な女オークだ。


「驚いたな、そこのバカからまるで女奴隷のように扱われていたのに。そんなお偉いさんだったとは……!」

「わたくしの趣味のようなものでして、今日は虐げられる快感に身を委ねたい気分だったのです。……ですが、そういうわけにも行かなくなりましたので」


『色欲』レリスが身をひるがえし、自身の背後で怯え震える小男を見下ろす。

 オーク王。


「レリス……! 余を守れブヒ! その狂者をお前の手管で搾り殺してしまえブヒ……!」

「仕方ないお方。今日は何があってもわたくしを性奴隷扱いし、『七凄悪』としては使わないというルールでしたのに。しかしこんな状況では仕方ありませんわね」


 僕と戦うつもりか。

 当たり前だな、だからこそ彼女は、僕の攻撃からオーク王を庇ったのだ。

『暴食』ミキミルに続いて、『七凄悪』との連戦か。


「お待ちください」


 しかし、今にも火蓋が切って落とされようとする寸前に、『色欲』レリスはみずから膝を折って平伏した。

 僕に向かって。


「わたくしはアナタ様と事をかまえるつもりはございません。むしろ逆です」

「なに?」

「アナタ様に忠誠をお誓いしたいのです。オーク軍歴代最強の戦士、『憤怒』のイチロクロー様の血を受け継ぎ、お父上に勝るとも劣らぬ強さを誇るアナタ様こそ、オークたちの真の支配者に相応しい」


 何を言い出すんだこの女は?

 しかしその発言に誰より驚いたのは、彼女を最後の頼みの綱とするオーク王だろう。


「レリスぅぅッ!? 何を言い出すブヒ!? オークの王は余だブヒ!! お前に『色欲』の力を与えたのは誰だと思っているブヒこの恩知らず!!」

「笑える冗談ですわね。わたくしたちオークにおいて、恩だの信だのに何の意味もないこと。オークという種族を支配してきたアナタが一番よくご存知でしょう?」


 レリスの、オーク王へ向けられた目の色は、もはや敬服すべき主へ向けられる色ではなかった。


「オークの世界でもっとも讃えられるべきは力。敵を物質的に叩き潰す力。ゴロウジロー様こそそれをもっとも体現させる最強のオーク。他者から借り受けた力を振りかざすだけのアナタとは違います」

「ブヒ……!?」

「アナタは元々、うだつの上がらないザコオークだった。体も小さく、実力もなく、メスに種付けできる資格も与えられないほど弱い存在だった。それがたまたま竜たちと遭遇し、みずからを代表者と偽って竜の力を受け取って以来、すべてが変わった」


 それは……。

 僕たちが邪悪の山で聞いた竜の話と一致する。


「アナタは竜たちから借り受けた『七凄悪』の力を振るって天界軍を押し戻し、それを自分の力と偽って元々頭の悪いオークたちを騙して、王座に就いた。以来、竜の力を利用してのやりたい放題。そろそろツケも溜まってきた頃ではありませんこと?」

「何を言うブヒ? 何を言うブヒ……!?」

「オークにとってもっとも罪深いのは、弱者が弱者のまま頂点に立つこと。それは許しがたい逆道です。その罪を、今、贖いなさい」


 そう言ってレリスの手がそっと、オーク王の鼻先に触れた。

 とても暴力的な印象は感じなかった。


「ゴロウジロー様」

「はいッ!?」

「わたくしが先ほどアナタ様をお止めしたのは、アナタ様に見ていただきたかったからです。わたくしの、アナタ様への忠心を」

「ちゅー、しん……?」

「アナタ様のためなら何でもできる、という実証を。もちろんアナタ様が望めばわたくしもいつでもこの体を開放しますが、それよりももっと得のあることで、ゴロウジロー様に貢献したいのです」


 レリスは、オーク王をそっと触れただけの指先を口元にもっていくと、ベロリと舐めた。

 寒気がする程に赤々しい舌だった。


「やめろブヒ……! レリスやめろブヒ!! おお……! おおおおおおおおおッ!!」


 突如としてオーク王が全身を震わせ始めた。

 まるで強風に吹き飛ばされようとする戸板のようにガタガタと、激しく。体を前後に揺さぶって今にもハネ上がりそうだった。

 明らかに異常だとわかるその動き、やがてオーク王は、その激しい揺さぶりの果てに決壊を迎えた。

 いきなりその股間から、射精を始めたのである。


「きゃあ!?」

「見るな」


 あまりに汚い光景のため、僕はライレイ、リズ、ヨーテ、メイデ、ミキの五人も一度に抱きこんで、視界を塞がなければならなかった。

 その間も、オーク王は無様に射精を続けていた。

 誰にもまったく触られていないのに。

 陰茎の先から、とめどなく溢れ出す白濁の液体。


「おおおおおおおおおおッ!! おおおおおおおおおおおおおおおおお!! ブヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッ!!」


 他人の精液なんて汚くてたまらないため、僕は少女たちを抱きかかえたまま二歩も三歩も下がるが……。

 ……待て、これおかしくないか?

 一回の射精の量があまりにも多すぎる。

 オーク王の周りは既に、バケツ一杯ひっくり返しても足りないほどの量の精液が、ばら撒かれていた。


「ぎゃべえええええええええええええええ!! ぼげええええええええええええええええええ!! ブヒベベベベベベベベ!?」


 しかしそれでも射精の勢いは一向衰えることがなかった。

 体内すべての精液を吐き出し尽し、陰茎から白ではなく赤い液体を吐き出すようになってからも、オーク王の噴出は続いた。


「血……!? 血が噴き出てる!? そんなことありえるのか!?」

「射精によって乾涸び死ぬ。生殖欲に塗れたオークとしては、これ以上幸せな死に方はないでしょう?」


 レリスが他人事のように気軽な口調で言った。

 何故こんな現象が突如として起こったのか。僕にはさっぱりわからないが、やはり考えられることはただ一つ。

 この女の仕業。コイツのもつ『色欲』の能力が何かやったのか?


「助けてぇ! 助けてブヒィィィィ!! 死にたくないブヒィィィ!!」


 オーク王の悲痛な叫びも、噴き出す赤色の勢いに掻き消されるだけだった。

 もう少しの間、赤い噴水は続き、唐突に途絶えた時、オーク王は既に事切れていた。

 その全身はミイラのように乾涸びて、元々小さかったからだがさらに二回りほど縮み切っていた。

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