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03 妹のために

 我が妹たち、総勢十六名。

 皆ウチの母さんが、年一ペースでポコポコ産み続けてきた子たちである。


 不思議なことに一番最初に生まれた僕のみが男児で、あとは全員女の子。

 何故そうなったかはわからないが、まあいいじゃないか全員可愛いんだから!


 僕と親どもが話していた間に入浴を済ませた妹たちは、それぞれ年齢ごとのグループに分かれてあちこちを襲撃している。

 四歳~七歳の妹たちは僕の下に。八歳~十一歳の妹たちはオヤジの下に、十二歳以上の年長の妹たちは、三歳以下の乳児妹たちの世話をしつつ、母さんから寝る前に済ませる仕事の指示を受けている。


 …………可愛いなあ。

 なんで僕の妹たちはどいつもこいつも可愛いんだろう?

 長女のヒルダは、僕の一つ下の妹だけどしっかり者で淑やか。

 次女のリュートは、おしゃまなわんぱく娘。

 三女のルソワは、反抗期だけどしっかり下の妹を気にかけている。

 四女のカラシテは、今でも「パパのお嫁さんになる!」とか言っている。オヤジ殺したい。

 以下末っ子まで略。

 いずれも可憐さと魅惑に満ち溢れたハーフバルキリーだ。可愛くないはずがない!

 オヤジだって、可愛い娘たちに囲まれて、目尻が垂れ下がって顔から零れ落ちそうだ!


「ねえパパ! ねえパパ! 次はワタシの誕生日だよね? ワタシ新しいお洋服が欲しい!」

「そうかそうか! 何の皮で作るフゴ? パパが何でも仕留めてきてやるフゴ!」

「竜の皮! 今日お兄ちゃんが仕留めてくれたのがあるんでしょう!? それをなめしてシャツを作りたいの!!」

「アーノ、ズルい! ウチだって竜の皮狙ってたのにー!」


 オヤジの顔がコレ以上ないくらいニヤけている!


「まったくオークが多産というのは聞いていたが、異種族の配偶者にまでそれを強要するとはな。お陰で私の腹は十年以上も年中無休だ」


 母さんがしみじみと言った。

 ちなみに母さんのお腹は今現在も膨らんでいて、これまでのパターンからいって三ヶ月後には十七人目の妹が誕生することだろう。

 これだけ子宝に恵まれまくりなのは、けっして多産というオークの習性だけではない。

 このイチャつきまくりんぐアホ夫婦め。


「これだけ産まされて、まさにブタのようだ。天駆けるバルキリーだった私が、いまやブタに嫁いだ嫁ブタか……」

「イノシシ。オークはNoブタ、Yesイノシシ。いいフゴ?」


 それはオークにとっての拘りらしい。


「でも……!!」


 母さんは両脇にいる次女長女を見詰め、やがて我慢しきれなくなったように抱きしめた。


「こんなに可愛い娘に囲まれて生きるなら私はブタでもかまわない! 幸せなブタちゃんです!!」

「あー可愛い可愛い可愛い!! 僕の妹たちは世界一可愛い!! これ以上可愛い妹ランドはない! 断言する!!」

「儂は幸せ者フゴ! こんなに美しい嫁と! 最強の息子と! 可愛い娘たちに囲まれて! なんて恵まれたオークフゴ儂は! クソッ! 酒を飲まんと涙が止まらんフゴ!!」


 我が家は今日もにぎやかに夜が更けていくのだった。


              *    *    *


 でさ。

 妹たちが寝静まったところで家族会議再開。僕とオヤジと母さんの三人だけで食卓を囲む。

 一人前になった僕に独立しろとかいう話だ。


「あんなに可愛い妹たちを残して家を出て行けとか残酷すぎる! 鬼かアンタら!?」

「オークですがフゴ」

「バルキリーですが」


 種族を聞いてるんじゃねえよ!!


「まあオーガ族はとっくの昔に天界軍に滅ぼされて消えたからなあ……」


 とにかく僕にとって、あの可愛い妹たちから引き離されるなど死を超える苦しみなのだ。

 断固拒否。

 僕は一生あの子たちの面倒を見ながら生きていくのです。


「まあ待てフゴ、我が息子よ」


 オヤジが僕のカップに自家製蒸留酒を注いできた。

 僕のことを大人と認めるアピールなのだろう。僕はそれを挑戦と受け取り一気に仰いだ。すっげえ咽た。


「儂とてな。お前がこのまま家にいてくれたら凄い助かるフゴ。狩りも畑仕事も分担できるし、何より交代で番をすれば常に家に戦士がいることになるフゴ。万が一にも誰かが襲ってきたとしても、隙がないフゴ」

「だったら……!」


 言い迫ろうとした僕を、オヤジが制した。


「しかしフゴ、オークとは邪悪な生き物フゴ」

「何故いきなり自虐?」

「暴虐で残忍。殺すことと壊すことしか考えん連中フゴ。そんな同族に嫌気がさしたのも、儂がフリッカと駆け落ちした理由フゴ。アイツらは腐っとるフゴ! 生きる価値などないフゴ!!」

「ご主人様……、落ち着いて……」


 母さんに宥められ、オヤジは蒸留酒で喉を湿らせる。

 よくあんなの一気飲みできるな?


「特に女と見れば、襲って手籠めにすることしか考えん連中フゴ。アイツらに愛という心などないフゴ。儂だって、フリッカと出会うまでは愛情の存在すら知らなかったフゴ。オークどもは皆、メスなど自分の欲望を満たすための肉の塊としか思っとらんフゴ!」

「どうしたんだよオヤジ……? 話が見えてこないぞ?」


 僕の独り立ちについての話と思ったら、唐突な種族批判だなんて。

 オヤジはしばらく黙って……、重く口を開いた。


「…………………………フリッカが」

「母さんが?」

「娘たちも適齢が来れば、独り立ちさせようと言っているフゴ」


 え?

 僕は母さんの方を見た。無言で頷かれた。


「そうでなくともルソワ辺りは、外の世界に激しい憧れを抱いているフゴ。止めたとしてもみずからの意志で旅立つフゴ。他の幼い娘も成長すれば後を追うかもしれんフゴ」

「それってつまり……、外の世界に?」

「そうフゴ、今言った、クズで愚かで、メスを欲望のはけ口としか見ないオークどもが跋扈する世界にフゴ。いいか息子よ! お前の妹、我が娘たちはハーフバルキリーだフゴ! その血統だけで美貌器量は群を抜くフゴ! そんなあの子たちをオークごとき野獣どもの前に放り込んだらどうなるか! 想像してみろフゴ!」


 想像してみた。

 僕の可愛い、命より大事な、妹たちが……?

 オークどもに……?


 …………。

 ………………!?


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「フゴおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「フゴおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ぎゃぱへらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「フゴベラガペオゲオゴおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 僕と一緒になってオヤジまで、悲鳴を上げた。

 つられて想像してしまったか。


 ズゴン! ズゴン!

 それぞれの脳天に叩きつけられる拳。


「うるさい。娘たちが起きるだろうが」


 母さんに殴られたおかげで何とか悲鳴は止まったが……!

 ……辛すぎる!

 想像しただけでも辛すぎる!

 もし僕の脳内で想像した悲劇が、想像ではなく現実になってしまったら、僕はその場で心臓が破裂して死ぬかもしれない。

 絶対こんなクソ想像を現実にしてはならない!

 そう決意すると同時に、途端に腑に落ちた。


「オヤジ……。わかったよ。僕に家を出ろと言ったわけが……!」

「だろうフゴ?」


 オヤジも想像によるダメージのためか、顔いっぱいに脂汗を浮かべていた。


「つまり、こうしろってわけだ。妹たちに先んじて僕が外の世界に行き、妹たちを汚すかもしれないオークを皆殺しにしろと!」

「そうフゴ! その通りフゴ! それができるのは息子よ、お前だけフゴ!」


 オヤジには、ここに残って妹たちを守ってもらわなければならない。

 そしていずれオヤジの手から巣立ち、可愛い妹たちが野獣どもの群れに飛び込む前に、僕がその野獣を絶滅させればいいのだ!

 決めた。


「僕は家を出る。そして外の世界にいるオークを一匹残らず根絶やしにする!!」

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