37 王の資格
三回。
それがオーク王に僕が許した機会だ。
「よく考えてから喋れ。これからの一言一言が、お前の命運を左右するぞ」
頬に触れて通り過ぎていく風が心地よかった。
この謁見の間も随分風通しがよくなったものだ。壁も天井も柱も屋根も、全部吹っ飛ばしてしまったんだからな。僕が。
もはやただの屋上と化してしまった謁見の間に、そのままいた人員すべてが戸惑いの極地にあった。
「また……、また始まった……!」
「ゴロウジローの怒りが……!」
「素敵なショータイムの開幕……!」
既にこのパターンを知っているオーク三人娘は、戦慄と共に進み出る僕の背中を見詰める。
「ライレイ、リズ、ヨーテ」
「「「はいッッ!?」」」
「悪いけどメイデを守って、僕の背中から付かず離れずいてくれ。コイツとのお話が終わるまでな」
一方、オーク王は自分の城がもはや跡形もないということが相当ショックのようだった。
「余の城が……! 余の権威を示す王城がブヒ……!?」
「話によると、人間が滅びる前に遺した城に勝手に上がり込んだんだろう。そんな姑息なやり口で示せる権威があるかよ」
「許さん……! 許さんブヒ! 土下座しろ! 土下座して謝れブヒ! 余はオーク王だブヒ!!」
烈火のごとく炎上するオーク王。
「すべてのオークは、余に絶対服従するのだブヒ! 誰のおかげで天界軍からの猛攻に滅びずにいられると思っているのかブヒ! すべては余が、余がくだらんお前らに力を与えてやっているからブヒ!」
オーク王は口を極めて僕のことを罵る。
右手の人差し指をこちらへ向けて突き立てながら。
その右腕が……。
「少しでも期待した余が愚かだったブヒ! 所詮クズの子供はクズだったブヒ! お前は最下層に落として、誰からも蔑まれる奴隷としてこき使っ……! ぶひごぉッ!?」
オーク王の右腕が、ただの肉塊となって四散した。
僕の『正魔のメイス』の一撃を受けて。砕け散ったのだった。
ヤツの目前で、かつてヤツの一部だったものが粉々の破片となって散り、遅れて傷口から血が噴水のように広がり飛ぶ。
「あぎょおおおおおおおおおおおおおおッ!? ブヒブヒブヒィィィィィィィィッ!?」
「今ので一回目だ」
僕が三回与えたチャンスのうち、一回を消費したわけだ。いや浪費か?
「どっちにしても残り二回。終わりは近いぞ」
「余の腕がブヒ……! 偉大なるオーク王の右腕がブヒィ……!」
情けない鳴き声でブヒブヒ言う。
「許さんブヒ……! 絶対に許さんブヒィ……!!」
侍らせていた女オークを突き飛ばし、怒り心頭を表すオーク王。
失った右腕の代わりに今度は左腕が僕へと突き付けられる。
それと当時に……。
「!?」
僕の両肩にのしかかる、姿なき重圧。
凄まじい量の重りが全身にのしかかったようで、足を一歩も踏み出せなくなる。
「ゴロウジロー!」「ゴロやん……!」
異常を感じ取り、背後のリズ、ヨーテが駆け寄ろうとしたが。
「お前らも動くなブヒィ!!」
「「きゃあ!?」」
同じく重圧に押さえつけられる二人。
彼女たちは立っていることすらできず、地面に這いつくばる。
「リズ様! ヨーテ様! これは一体……!?」
ライレイは何ともないようだが、メイデの保護のためにも動けない。
「このオーク王が、何ゆえオークどもの頂点に立っているかわかってないようブヒね! 何故余がオーク王として君臨しているか。それは余が、オーク最強の力の保有者だからブヒ!!」
右腕のない痛みに脂汗を垂らしながら、勝ち誇ったいやらしい笑みを浮かべる。
「『傲慢』『強欲』『暴食』『怠惰』『嫉妬』『色欲』、『憤怒』。その『七凄悪』の力はすべて余が与えた力だブヒ。そこにいる役立たず軍団長二人の力も、余が与えてやったものに過ぎないブヒ!」
プレッシャーに酔って地面に張り付くリズ、ヨーテへいやらしい視線が向く。
「余が与えたものである以上、当然その力は余の自由にできるブヒ。ゆえに『七凄悪』と最強ぶるアホ共も、生きるも死ぬも余の気まぐれ一つ。余がこうして念じるだけで、体の自由を奪うことも簡単にできるブヒ!」
リズ、ヨーテが動けなくなったのは、その身に埋め込まれた『傲慢』『強欲』の竜玉のせいか。
では僕も……?
「城を吹き飛ばした時点で怪しいと思っていたブヒ。どうやったかは知らんブヒが、イチロクローの『憤怒』の『竜玉』はお前に移動したみたいブヒね?」
「…………」
「残念だったブヒー! お前がどんなに最強ぶろうと『竜玉』ある限りオーク王たる余には逆らえんブヒ!」
僕の両肩にもかかってくる重圧の理由はそういうことか。
「よかったブヒ! イチロクローのアホを探す手間が省けたブヒ! お前をズタズタのグチャグチャに嬲り殺して、その中から『憤怒』の『竜玉』を返してもらうブヒ!」
「返す……?」
その物言いに、僕は耐えきれず失笑を漏らした。
「随分な物言いだな、他人から借りたものを又貸ししておいて。元々『竜玉』はお前のものじゃないだろう?」
「ブヒィウッ!? 何を言っているブヒ!?」
「自分が命じて派遣させた先に何がいるのか、覚えてないわけじゃあるまい。怠惰竜ベルフェゴールは、僕らに色々なことを教えてくれたぞ」
元々『七凄悪』の力の源となる『竜玉』は、この地上に住む七匹の邪悪竜が作り出したものだと。
「おのれ……! そこまで知っているのならますますお生かしておかないブヒ! 者ども!」
謁見の間の左右に居並んでいたオークたちが、王の呼びかけによって一斉に武器をかまえた。
「このオーク王の身辺を守るオーク近衛兵たちよ! この不埒者をバラバラに斬り刻むブヒ! 案ずるなブヒ! この偉大なるオーク王の力でヤツは指一本動かせないブヒ!」
「「「「フゴォ!!」」」」
それぞれ、剣や槍や棍棒や戦斧をもって、一斉に僕目掛けて襲い掛かる。
「偉大なる余の右腕を砕いた罪を償わせるために、両手両足を一本ずつグチャグチャにするブヒ! あとメスどもには手出しするなブヒ! 余が直々に犯してやるんだからなブヒ! ブヘヘヘヘヘヘヘ……!」
そうして、死肉にたかるハゲワシのように僕に群がるオークたちだが……。
一斉に吹き飛ばされた。
「ブヒッ!?」
先に王城を吹き飛ばし、遮る壁も天井もなかったのがいけなかったのだろう。
哀れオークたちは真っ直ぐな軌道を描いて四方八方へ飛んでいき、周囲の街に着弾の土煙を上げ、またある者はさらに外側の山々に突入し、さらにごく一部は遠くの空に消えて、断末魔の悲鳴も聞こえなかった。
残っているのは、『正魔のメイス』を振り抜いた僕一人。
「なななな……!? 何故ブヒ? 何故我が重圧をかけられながら動けるブヒ?」
「さあ、何故かな……?」
そもそも僕の中に『竜玉』はない。
僕が『憤怒』の力を使えるのは、純粋に父母から血肉を受け継ぐと共に、その体内に埋め込まれた能力すらも遺伝したからだ。
しかし、純粋にそれだけがオーク王の『竜玉』支配を避けられた要因だろうか?
もし本当にオーク王に『七凄悪』を完全制御できる能力があったのなら、かつて鬼神と恐れられた我がオヤジに、そうまで手を焼くことはなかったのではないか?
出奔など許さなかったのではないか?
所詮オーク王の力は、『竜玉』を通じてその保持者に重圧をかけること。
重圧を跳ね返せる頑強さを持っていれば、実質無意味な能力なのだ。
だからオーク王は、かつて『憤怒』の軍団長だったオヤジに散々手を焼かされていた。
「それはさておき、これで二回目だな」
「ヒッ!?」
「いよいよ次が最後の発言だ。辞世の言葉になってもいいよう、カッコいい文句でも考えておけ」




