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36 卑王

「僕の名はゴロウジロー。『憤怒』のイチロクローの息子」

「ブヒブヒブヒッ!?」


 僕が名乗ると、オーク王はあからさまに反応した。

 濃厚な恐怖の感情が浮かび上がる。

 しかもそれはオーク王に限った話ではなく、左右に並ぶオーク兵たちの間にも、先ほどの快勝を告げた時以上の動揺が広がっていた。


「イチロクローだとフゴ……!?」

「あの鬼神、狂戦士フゴ……!?」

「死んでいたのではなかったのかフゴ……!?」


 オーク軍最強の戦士『七凄悪』。その中の一人『憤怒』を司る者にして、他を圧倒する最強の中の最強として名高かったのが僕のオヤジだという。

 オヤジがオーク軍を去って、もう十数年も経ったという話だが、その威名は少しも衰えていないということか。


「イチロクロー……! 『憤怒』……! イチロクロー……ブヒ!?」


 その中でもオーク王の動揺ぶりは別格で、全身をガクガク揺さぶりながら、侍らせている女オークの乳房を、握り潰すような勢いで鷲掴みしていた。

 心の均衡を保たんとするかのように。

 とにかくライレイが説明のために語り進める。


「ゴロウジロー様とは……、進軍目的地である邪悪の山へ向かう途中に出会いました。最初私たちはゴロウジロー様と敵対しましたが、このお方の圧倒的な力の前に敗北し、戦士たる資格を失いました……!」


 そう言ってライレイは一度、自分自身の熟れに熟れきった媚態を見下ろす。

 ほんの少しの恥じらい交じりに。


「ゴロウジロー様はそれだけにとどまらず、己に逆らうオーク兵を一人残らず叩き伏せ、『傲慢』の軍団も『強欲』の軍団も粉砕し、一人残らずメスに変えてしまいました」

「全員!? 『憤怒』『傲慢』『強欲』の軍団に所属するオーク全員ブヒか!?」

「はい、総計七万九千人全員を」

「ブヒィーーーーーー!?」


 耳から何かエクトプラズム的な煙が出てきそうなオーク王。


「しかし! その後ゴロウジロー様は私たちの願いを聞き届けて下さり、本来私たちが戦うべきだった天界軍をたったお一人で駆逐されました。先ほど報告した天界軍全滅の快挙は、ゴロウジロー様お一人で達成されたことなのです!」

「ブヒッ!?」

「それだけに留まらず、邪悪の山に巣食う竜を追い出したのも、ゴロウジロー様に。このお方は、お父上の強さを余すことなく引き継いでおります!」

「オーク王様!」

「オーク王……!」


 ライレイだけに留まらず、リズにヨーテ、今や美女化した二人の軍団長も一気呵成に迫る。


「ゴロウジローは、オーク軍始まって以来の最強オークです! アタシたちはその強さに惚れ込み、ここまで同行してくれるように頼みました!」

「……ゴロやんがオーク軍に加われば、これから先、天界軍との戦いは連戦連勝負け知らず。戦場には天使の死体だけが転がりオークたちの被害はゼロ。ついでにその種をバラ撒いて最強オークを大量生産。ウチのお腹で。……フヒヒ」


 ああ、彼女らの狙いって、そういうところにあったのか。

 薄々感じてはいたが。僕をオーク軍に加えて天界軍を叩き潰そうと。


「どうかオーク王様にお願いいたします! ゴロウジロー様の功績をお讃えになり、オーク軍に召し抱え戴きますよう! さすればオーク軍千年の栄光は約束されたも同然!!」


 ライレイ、リズ、ヨーテの三人娘は、揃って深々とオーク王に向けて土下座した。

 その後ろに控える僕からは位置的に、三人のお尻が丸見えのアングルになってしまう。


「……ブヒッ、ブヒヒヒヒヒヒ! ……そうブヒか、そうブヒか!」


 オーク王は、しばらく浮かべていた怯えの表情を飲み込むかのようにしたあと、急に下品に笑い出した。


「自分勝手で凶暴なイチロクローが、『憤怒』の『竜玉』を持ったままいずこかに消えて迷惑千万だったブヒが、息子などを寄越してくるとはブヒ。……オイ息子」


 僕のことだろうか?


「お前のオヤジはとんでもないクズ野郎ブヒ。本来絶対の忠誠を誓うべき余に逆らってばかり。アイツの気紛れで叩き殺された同格の『七凄悪』は数知れないブヒ」

「…………」

「あまつさえ戦いの最中に姿を消して、職務放棄の敵前逃亡ブヒ。ケッ、最強最悪の狂戦士が聞いて呆れるブヒ。アイツは余に散々迷惑をかけてきたブヒ。その償いを、息子のお前がするのは当然のことブヒ!!」


 ビッと、小男の指が僕へ突き付けられる。

 短いクセに贅肉でパンパンに膨らんだ、ミミズの先端のような指だった。


「よいかブヒ! 余の配下に加わりたいというなら、これよりお前は世に絶対の忠誠を誓い、余の奴隷となるんだブヒ! 余が戦えと言えば死ぬまで戦い、余が殺せと言えば自分の子供でも殺すんだブヒ! 当然余が欲しいと言えば、自分の妻でも喜んで献上するブヒ! お前のものは余のものなんだブヒ!」

「…………」

「手始めに……、そう、さっきから気になっていたが、お前の隣に立っている手羽先女は何だブヒ?」

「ヒッ!?」


 僕が連れていたメイデに興味が移ったのか、怯える彼女にオーク王の下衆な視線が注がれる。


「彼女は……、邪悪の山で全滅させた天界軍の生き残りで、捕虜として連れてきたバルキリーです」


 ライレイの説明で、オーク王の口の端に陰険な凶悪さが浮かんだ。


「それはいいブヒ! 今回の勝利を祝うための超絶イベントを思いついたブヒよ。この手羽先女を公開処刑するブヒ!」

「ええッ!?」


 その発言に、まず誰よりライレイが驚いて顔を上げた。


「我が都に住むオーク全員の目の前で、羽を毟り、全身を斬り刻みながら殺してやるブヒ! それをもってオーク軍の勝利と、余に逆らった者がどんな苦しい最期を迎えるか余に知らしめてやるブヒ!」

「お待ちくださいオーク王! 彼女の処遇は、彼女を捕えたゴロウジロー様に決定権が……!」


 慌てて止めに入ろうとするライレイを、オーク王は少しも取り合わなかった。


「それから……、『憤怒』『傲慢』『強欲』の三軍は全員メス化したんだったブヒな?」

「え?」

「では戦士としては使い物にならんブヒ。早々に軍を解体して、メスどもは前線の戦士たちに分配するブヒ」

「オーク王! しかしそれは……!」

「煩いブヒ。余の決めたことは絶対だブヒ。……その中から十人、一番美しいのを見繕って差し出すブヒ。余の専用にするブヒ」


 オーク王はいやらしい笑いを漏らしながら、既に自分に侍っている女オークを撫でつけた。


「おお、そうだ元軍団長ども。お前らは実にいブヒねえ。お前らを余のハーレムに加えてやるブヒ。ライレイ、お前もだブヒ」

「「「なッ!?」」」


 言われて三人の表情が如実に変わった。

 嫌悪と拒否感に。


「そ、そんなの嫌よ! アタシをメス化させたのはゴロウジローなのよ! それならゴロウジローの妻になるのが筋じゃないの!」

「最強オークの子供を生めるチャンスがフイになる……!」


 リズもヨーテも、これまでとは一転して徹底拒否の態度だった。


「私もその命令にだけは従えません。私はゴロウジロー様の女になると決めました。その決意だけはたとえ死のうと変えられません」


 ライレイもまた、自分に絶対譲れないものがあることを示した。

 それにコーク王は激昂した。


「何を思い上がったことを言ってるブヒ!? オーク王である余の命令ブヒ! それに逆らうことなんて誰にもできないブヒ!」


 まるでわがままを聞いてもらえない子供のような癇癪だった。


「さっきも言ったブヒ! コイツのオヤジは超絶クズで、余は散々迷惑をしてきたブヒ! オヤジの罪を息子が償うんだブヒ! だからアイツのものはよのものなんだブヒ! いい気味だブヒ!! ……そうだ」


 オーク王は何かに気づいたように、僕へ再び視線を向ける。


「お前に聞きたいことがあったブヒ。お前のオヤジ、イチロクローは生きてるんだなブヒ?」

「?」

「アイツは、余の大事な『憤怒』の『竜玉』を持ったまま行方を眩ませたブヒ。あれは本来の余ものブヒ。返してもらわんといかんブヒ」


 そしてこの小男は、言ってはいけないことを言った。


「オーク王としてお前に命じるブヒ。イチロクローの居場所を教えろブヒ。早速軍勢を送って、ヤツを捕え、『憤怒』の『竜玉』を回収するブヒ。ついでにイチロクローは余に逆らった罰として、八つ裂きの刑だブヒーー!」


 ゴッ、と。

 すべてが吹き飛ぶ音が鳴った。

 次の瞬間、謁見の間にいる僕たち全員の頭上に青い空が広がった。


「ブヒほッ!?」


 大きく開けた空を、オーク王は鼻水を噴射しながら見上げた。


 真上に掲げられた『正魔のメイス』。

 それがオーク城の、僕たちのいる階より上をすべて吹き飛ばしたのだ。

 破片すらもできないほど粉々に。

 だから僕たちの頭上には、ただ遮るものなく空が現れただけだった。

 オーク王の権威を示すかのごときだった大城は、あっけなく消滅した。


「……あと三回」


 それが、謁見の間に入って僕が初めて放った言葉。


「あと三回喋ることを許してやる。その三回で決まる。お前が僕の敵になるかどうかを」

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