35 謁見
「開門! 開門! オーク軍『傲慢』軍団長リズと!」
「同じく『強欲』軍団長ヨーテがご帰還。開けてちょーよ」
オーク軍の重鎮たるリズとヨーテの呼び掛けで、城門が開いた。
ここから先はオークの主たるオーク王の住居、オーク城の内側。
「ここから一般兵は詰め所に入り、帰着の事後処理に入ります。軍団長は報告のためにオーク王の下へ。『憤怒』軍団の軍団長代理である私もそちらへ向かいます」
ライレイが丁寧に説明してくれる。
「当然ゴロウジローも、アタシたちと一緒にオーク王の下へ行きましょう! 今回の戦いにおける一番の功労者だもの!」
「それ以前に、ゴロやんが来てくれないと、ここまで経緯を説明することが不可能。ウチら全員メス化したことも含めて」
たしかにそうだ。
僕はライレイ、リズ、ヨーテにお願いされたこともあって、共にオーク城、謁見の間へと行くことになった。
「メイデ、キミも来るだろう?」
「え? 行っていいのか?」
一応敵の本拠ということで、常時ビクビクし始めたメイデ。
邪悪の山で粉砕した天界軍唯一の生き残りとなった彼女は、捕虜としてここまで連れられてきたが、今になって僕から引き離されるのも辛いだろう。
出発地点となる邪悪の山からここまで移動してくる間、何だか知らんけど彼女はずっと僕にベッタリだったのだから。
「ねえ、さっきから気になっていたんだけど、このバルキリー、一体何?」
「明確にウチの分け前が減る予感。具体的には愛とか種とか」
リズ、ヨーテも初めて見るメイデの姿に興味半分警戒半分といったところ。
そしてメイデの方も。
「何だ貴様ら!? 私の新しいお姉様か!?」
相変わらずの戦乙女っぷりだった。
そんなやり取りをしている間も、僕たちはオーク城の回廊を右に左に進み続け、階段を上がったり、下りたりしつつ、……どこまで向かうんだ?
「もうすぐですよゴロウジロー様。……ほら、あれが」
とライレイの指さす先。
回廊の一番奥に、城門かと見紛う両開きの大きな扉が。
「この扉の先が、オーク王のおられる謁見の間です」
ほう、と僕が心の準備をするより早く、大扉がギギギギ……、と軋む音を立てて開きだした。
割れた扉の隙間から、眩い光が差し込む。
「オーク王様の、おなーりーフゴ!!」
開かれた扉の向こうには、想像通りというか広大で豪華な部屋が広がっており、その左右両端を、多くのオスオークが並んで固めていた。
部屋の一番奥。一段高くしつらえられた玉座に、見るも汚いブタ面の小男が腰かけている。
「ブェフブェフブェフ……! 今日も余を讃える賤民どものブヒ声が心地いいブヒ」
あれがオーク王か。
頭に被る豪華な王冠。身を飾る毛皮製の衣服。見るからに偉そうな出で立ちだが、そうして飾り立てられた当人自体はそれほど風采も上がらず、身長もオークとしては低く小男。
手足も短く、玉座から垂れる足が床に付いていなかった。
そのクセ顔は頬肉が弛んで皺だらけ。若さなど少しも感じられない顔つきに、眼光だけがギトギトと輝いていた。
とても王などという呼び名には似合わない。粗にして卑しい顔つき。
「ブェフブェフブェフブェフ……!」
笑い方までなんだかおかしい。
その傍らには、一人の女オークを、ほぼ全裸に近い格好で置いて、無遠慮に腰を撫でたり乳を揉んだりしていた。
まるでそれが王者の特権と言わん限りに。
「ゴロウジロー様。あのお方がオーク王、その名も大ゴッド・オーク・キングエンペラー一世陛下です」
「それはまた……!」
なんか色々盛りすぎな。
「オークという種族が始まって以来、その中で王を名乗られたお方は後にも先にも、あのお方唯一人。逸話によれば、天界軍の猛攻により追い詰められたオーク族を救い、窮地から脱出させたのがあの方とのこと」
「それ以来、全オークはあのお方に感謝と畏敬の念を抱き、王として従っているのよ。今でもオーク軍が天界軍と互角に渡り合えているのは、あの方がいるおかげ」
ライレイ、リズが、立て続けにあの小男の情報を僕の耳に入れてくる。
オーク軍を窮地から救った盟主、か。
「でもウチらは、その裏事情をもう知っている」
ヨーテがボソリと呟いた。
しかし、僕たちのオーク王への謁見は既に始まっているため、その言葉の真意を詳しく追及することもできない。
「オーク王様」
真っ先にライレイが、玉座の前に膝を屈して言った。
「我ら『憤怒』の軍団三千、天界軍討伐の任を果たしただ今帰還しました」
「同じく、『傲慢』の軍団」
「同じく、『強欲』の軍団」
リズ、ヨーテも倣って膝を折る。
三人の美女に傅かれて、オーク王と敬われる小男は愉快そうに太鼓腹を揺らした。
「ブェフブェフブェフ……! ご苦労ご苦労。余に逆らう愚かな手羽先どもに、罰を下してきたブヒな? それで、敵に与えた被害はどれほどのものブヒ?」
「はっ、敵たる天界軍は『七神徳』の一人が直々に率いた大軍団。目算にて三万~四万は下らぬ数でしたが、大勝たる『七神徳』も含め、全滅」
「全滅!? 全滅、全滅!! それはいいブヒ! 我が軍の損害は?」
「一人として、死傷者はりません」
「最高ブヒーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
小男は玉座の上で手を打って、子供のようにはしゃぎまわる。
「天界軍の手羽先どもが攻めかけて以来、そんな大勝は初めてではないかブヒ? よくやったブヒよくやったブヒ! この偉大なるオーク王が直々に褒めてつかわすブヒ!!」
「有り難き幸せ」
オーク王だけでなく、謁見の間左右に居並ぶオークたちも、大勝の報に平静ではいられず、騒めきだす。
高揚に浮足立つ者、いまだ半信半疑の者、様々に。
「……まあ、勝ったのは何よりいいことブヒが、そろそろ聞いておくブヒ」
朗報にはしゃぎ立つオーク王の、態度が俄かに変わった。
「お前ら、なんでメス化しておるブヒ?」
「「「!?」」」
揃って固まるライレイ、リズ、ヨーテ。
それは、出て行った時には屈強オークだった三人が、帰って来たら見目麗しいオーク娘になっちゃってたりしたら、不審に思わなきゃ相当なバカだろう。
オークは戦いに敗れることでメス化する。
その予備知識すらなかったら、行きと帰りで顔を合わせたのが同一人物であることすらわからないはずだ。
「そしてそこにおる、見慣れぬオスオークは何者ブヒ? 偉大なるこのオーク王を前に、何故頭も垂れず膝も屈さぬブヒ? 不遜極まりないブヒ?」
と指さす先は、僕だった。
オーク王の興味が、いずれそうなることはわかっていたが、あの戦いで起きた最も重大な事柄へ至ろうとしている。




