33 戦乙女のカルマ
「バルキリーの作られた目的? どういうことだ?」
メイデの呟く一言に、僕は否応なく引き寄せられた。
「私たちバルキリーは、天界軍の主兵力である天使には行えない、特殊な目的のために生産されるんだ。だから天使より生産数は少なく、特別なモデルとなっている。私たちと違って天使には性別もないし……」
じゃあやっぱり『製造』された天界の生命には、そもそも生殖機能がないのが基本なのか。
ではそのバルキリーを特別にする要因。バルキリーに課せられた目的とは……?
「強い魂を集めることだ」
強い魂を、集める?
「それが私たちバルキリーに、大神ヴォータン様が課せられた使命。天界軍が襲い、築き上げられた何万という死体から強者を選び出してその魂を回収し、ヴォータン様も下へ届ける。それが私たちバルキリーの仕事」
「何それ? そんなことして何の意味があるんだ?」
「強者の魂は、弱者の同じものより何倍ものエネルギーを持っている。それを送り届ければヴォータン様はとても喜ばれるのだ」
魂云々のところはよくわからないから置いておくとして。
つまり天界軍には、一般的な虐殺を行う天使と、その中から特に強い者をピンポイントでさらっていくバルキリーに分けられる、と考えればいいのか? 大雑把に。
「だからバルキリーは、多くの特別仕様を施されて生産されるんだとか。まず強さだな。発見した強者がまだ死なずに生きているということもよくあるから、魂を回収するには、それを殺さないといけない。そのためには当然獲物より強くないといけない」
「バルキリーが天界の上位種と言われる所以は、そこなのでしょうか?」
ライレイの指摘に僕も頷く。
無論そんなバルキリーも強さに個体差があって、ピンからキリまであるのだろう。
母さんのような最強最悪バルキリーもいれば、目の前にいるメイデなどは多分最弱なのだと思われる。
「そしてもう一つ、バルキリーが女であるということだ」
メイデからの説明に、僕は聞きたいことの核心のが来たとわかった。
僕の母はバルキリー。自分の出生に関わるだけに、おざなりには聞けない。
でも、これまでの説明で、なんで強者の魂を集めるのにバルキリーが女でなきゃいけないのか、いまいち想像しにくいが。
「獲物となる強者があまりにも強すぎて、バルキリーでも歯が立たない場合、別の方法が試される」
「あー」
なんかわかった。
「バルキリーは敗北して、その強者に犯される。地上の生物は強ければ強いほど異性を蹂躙する傾向が強く、しかも大抵の強者は二種あるうちの性別の一方に偏るため、バルキリーはその反対になることが決せられた」
だから、バルキリーは、女だと。
「力で目的を果たせなかったバルキリーは、自分自身を供物にして強者に取り入り、身も心も蕩かせる。そうすれば強者はバルキリーの言うことを何でも聞くようになるので、天界に誘うのも容易ということだ」
「恐ろしい……!?」
メイデの説明に、ライレイが感想を述べた。
「だからバルキリーはデザイン面も重視され、男を惑わしやすい美女として製造される。まずは力ずくで、それがダメなら色仕掛けで。隙も生じぬ二段構えということだ!」
シュピーンとポーズを決めながら言うメイデだが、そこまで威張ることなのか?
とにかく、これでバルキリーが女性であるための理由というか、必要性がハッキリしたが……。
でも僕は何となく釈然としなかった。
メイデの説明通りなら母さんも――、僕を生んだバルキリーの母さんも、『強者の魂を集める』なんて不可解な目的のためオヤジと一緒になったというのか?
オヤジは、強者と呼ぶには充分すぎるし。でもそんな素振りを母さんが見せたことは一度もない……?
「しかし、この方式には重大な欠点があるのだ」
「え?」
メイデの説明はまだ続く。
「バルキリーを打ち倒した強者が、汚れた欲望をもってバルキリーを犯すならいい。しかし、常にそうとは限らない。まったく逆のパターンでつがいとなった場合、バルキリーは非常に脆いということが統計でわかっているのだ」
「え? どういうこと?」
レイプの逆パターンって、つまり純愛……?
「相手を自分に惚れさせ、思い通りに操るのがバルキリーが女である目的。でもそのせいで、自分が相手に惚れることもありうるのだ!」
…………。
のだ、って言われても。
「相手がただ欲望のままにバルキリーを蹂躙するならいい。しかし相手の強者が変わり者で、バルキリーを正当な配偶者と遇し愛した時、バルキリーもまた相手を愛してしまうのだ!」
諸刃の剣というか。人を呪わば穴二つというか。
「バルキリーは、強者を魅了するための『女』という機能を有したことで、『男』を愛してしまうというリスクも発生してしまった。天界ではそのリスクを解消するための試みが何度かなされたが、結局ダメだったそうだ」
「じゃあ、過去そういうケースは実際に……。その、本気で好き合ったバルキリーと地上の強者が駆け落ちするとか……」
「ああ、何度もあったそうだ。ただ地上のほとんどの種族が滅び、残りが暴虐の感情しかもたないオークのみになってからは、ほとんどそういうトラブルはなくなったらしい」
でも実際はあるんだよなあ。
十数年前に駆け落ちした例が一件。
僕を生んだ母さんこそは、まさしくそんなバルキリーの機能に従って最強オークを魅了し、また魅了させられたバルキリーだったのだ。
愛という感情が、心から起因するのか本能から起因するのかは考え方によりけりだろうが。とにかくもオヤジと母さんはオークとバルキリーの習性に振り回されつつも愛し合って、僕を始めたくさんの妹を生み出した。
ということか。
僕が一人納得する横で、メイデはいまだ説明を続けている。結局この子喋りまくりだな。
「私も初陣の際には、バルキリーの役割と危険をしっかり言い含められたものだ。敵に負けるぐらいならば凌辱されて、その敵を魅了しろ。しかし決して魅入られるな、と……」
そこまで言って、「ハッ!?」と何かに気付いたような表情になるメイデ。
「そうか! 私もゴロウジローに負けたんだから、凌辱されて魅了しなきゃいけないんだ!! 全然気づかなかった!!」
そして今気づくの!?
「大変だ! どうしようゴロウジロー! 私アナタに凌辱されないと! ……ええと、体は汚されても心までは屈したりしないからな!!」
「滅茶苦茶不安しかないんですが、その宣言!?」
これまでのアナタの間抜けでしかない一挙一動を見る限り!
「そうです! そもそもゴロウジロー様にレイプしてほしいのは私です!」
「ライレイまで!?」
「強いオスの精を貰って強い戦士を生むのがメスの役目なのに! そのお役目が滞りまくりです! お願いですゴロウジロー様! もう愛しまくりでもいいので私にアナタの子供を孕ませてください!」
メイデとライレイが暴れ出し、それに気づいて周りで野営中の他オーク娘たちも騒いで、再び収拾がつかなくなるのであった。
そんな風に混乱しながらも、僕たちはオークの都を目指して進んでいる。




