23 醜善
天界の軍勢は、戦装束なのか、それぞれがマフラーやマントなどゆったりした布を巻き付けていた。
何万にも及ぶ翼持つ者たちが一斉にその布を広げ、内側から体積云々を無視して大量の何かが転げ出てくる。
その何かとは……。
骨だった。
大量の人骨だった。
天界人一人の布から最低でも一つずつ、二足二腕の人型と思しき生物の骨が、細い鎖に繋がれて布からぶら下がっている。
多いものでは一人につき十以上、布から鈴生りになっていた。
人骨は、形大きさもマチマチで、違う種族の遺骨だということは一目でわかる。
「面白かろう? これらはすべて、我ら天界軍が地上浄化の際に罰した汚れどもだ!」
「……ッ!?」
その瞬間、怠惰竜ベルフェゴールとの間で交わした会話が蘇ってきた。
ヤツらはこの地上そのものを汚れと称し、そこに生きる命を片っ端から根絶やしにしてきた。
コボルト、フェアリー、エルフ、ホビット、ゴブリン、オーガ、獣人、人間。
いずれももはや、この地上には存在していない。
「素晴らしかろう? 我らはこうして自分が罰した汚れどもをコレクションし、手元に置いているのだ。保持するドクロの数が多ければ多いほど、我らの積んだ善行の多さを証明できるというわけだ。生きている間、無価値だったこやつらも、死んでやっと価値が生まれたわけだ。我らの善の物証としてのな!」
ハハハハハハハ!
とハムシャリエルだけでなく空に大挙する軍勢からも笑い声がこだました。
何万という数が合わさって天から降ってくるのは、まるで雷鳴のようだった。
「せっかくだ、我がコレクションも見せてやろう」
嫌らしい笑みを満面と浮かべるハムシャリエルは、みずからもマントを一旗めかせすると、その内側からおびただしい数の人骨が零れ落ちた。
いずれも細い鎖で吊るされているが、それはもう百や二百では効かない。
「素晴らしい数だろう!? すべて我自身の手を下した、世界への貢献と、ヴォータン様への忠誠を示す善の証だ! だが、これですべてではないぞ? 我は『勇気』の『七神徳』! 積み上げた善の多さは下級天使などとは比べ物にならん! 持ち歩いているのは選りすぐりのコレクションだ!」
そう言ってハムシャリエルは、クイと指を動かすと、それに順じて束ねられた人骨のいくつかがひとりでに浮かび上がる。
念力めいた力で操作されているのか。大人らしい大きな人骨一つと、あとは子供のような小さな人骨複数。
「これらは我が直々に処刑したコボルトどもの骨だ。ヤツらは一つがいにつき十匹以上も子を産む汚れども。多淫猥褻の罪によって、まずガキどもを一人ずつ、母親の前で斬り殺してやった。そして最後に殺したのが母親の骨がコレだ」
「…………」
さらに別の骨を念力で浮かせる。
「こちらは獣人の骨だな。ドクロの形が歪で醜いだろう? 獣と人の混ざり物など存在自体が汚れよ! だから滅ぼしてやった。住んでいる森ごと焼き払い、炎に追われて逃げ出してくるのを次々射殺してやったわ!」
「…………」
「こっちはエルフだな。我ら天界人を差し置いて美しい種族など罪深い傲慢! まず顔を焼いて、鼻や耳を削ぎ落してから刺殺してやった。ククク……、ハハハハハハハハハハ!!」
突如狂ったように高笑いするハムシャリエル。
「『勇気』! 『勇気』『勇気』『勇気』『勇気』『勇気』『勇気』ッ!! これこそすべて『勇気』ある行いだ! 大神ヴォータンのために許せぬ汚れを滅し尽すこと、これ以上に『勇気』を示せる行動はない!! それができる者こそ『勇気』の『七神徳』! 大天使ハムシャリエル様なのだ!」
「…………」
「さて、ハーフオークとか言ったな? 今度は貴様が我がコレクションに加わる番だ。オークというもっとも罪深い生き物。罰せられるには充分だ。自分が死ぬ意味をしっかり理解したあとは、安心してその骸を我に委ねるがいい」
「ああ、充分に理解した」
『正魔のメイス』を抜き放つ。
「お前たちが生きていてはいけない生物だということがな。お前らのことは伝聞で知るのみだったから、判断を下すのは実物に会うまでと決めていた。お陰で、しっかりと心を定められた。お前たちを一人残らず皆殺しにするとな」
「なんだと?」
僕が旅に出たのは、何より愛する妹たちに危害を加えるかもしれないものを根絶やしにするためだ。
だからこそ根本的に凶暴なオークたちはもっとも注意すべき敵だった。
しかしそれよりもさらに汚らわしい、憎むべき相手がいたとは!
「今となってはライレイ、リズ、ヨーテ……。他の多くの大切な守るべき女もいる。彼女らのためにもお前たちは一匹残らず駆除すべきだ」
「ハハハハ! 愚かしい! 愚かしい生き物だなハーフオーク! 自分の分際を弁えろ!」
ハムシャリエルが空から嘲りの哄笑を放つ。
「貴様らのような下等な生き物が我ら天使を傷つけるなどあり得ぬことだ。第一、どうやって我らを傷つける気だ? そのブサイクな棍棒で殴りつける気か? そのためには我に接近せねばならないな。天に浮かぶ我にな!」
天空に控える軍勢数万人からも、同じように嘲笑が放たれる。
「それが貴様らの下等の証だ! 清らかなる翼持ち、何処へでも飛んでいける我ら天界人から見れば、地を這う貴様らは見下されるだけの下等な生き物に過ぎぬのだ! 分際を弁えたなら、さっさと死ねい!」
「そこまで行けばいいんだな」
僕は山頂の地面を蹴り、高く飛び上った。
ハムシャリエルの侮蔑に満ちた顔が、どんどん迫ってくる。
所詮ただのジャンプ。勢いがなくなれば重力に引かれて落ちるだけとでも思っているのだろう。
そして跳躍の勢いがピークに達したところで、僕は留まった。
そのまま宙に浮かんだ。
背中から広がる、一対の翼による力で。
「んなあああぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!?」
顎が外れそうなほどに口を開けて驚愕するハムシャリエル。
少しジャンプの勢いをつけすぎたか、ヤツのいる高さを越えて、上の位置から見下ろす形になってしまう。
「なん……!? なんなんなんなん、なんで!? 何故オークごときブタ風情が、我ら天界人と同じ翼を!?」
「ハーフオークだと、そう名乗ったはずだが?」
そう、僕の背から広がる、普段は仕舞っている一対の翼。
それ母より譲り受けたもの。
「オークを父に、バルキリーを母に、二人の力と心を受け継ぎ生まれたハーフオーク。それがこの僕だ」




