21 もう一つのルーツ
竜は去った。
こうして確保できた邪悪の山で、天界軍を迎え撃つ準備が早急に進められた。
と言っても本来戦力として用意されていたオーク軍七万九千人は、誰かのせいで総女体化して戦える状態ではない。
女の子たちのほとんどは山の中腹に隠し、戦いが終わるのを待ってもらうことにした。
結局のところ戦うのは一人だけ。
この僕、ゴロウジローなのであった。
……が。
「はー、忙しい忙しい……!」
「早く準備しないと、天界軍来ちゃうよ~!」
「これが修羅場……!」
これ見よがしに忙しさをアピールしつつ、僕の眼前をウロチョロする三人娘がいた。
しかも心なしか、やたらと僕の顔に近い位置でお尻をフリフリさせながら。
「リズ様! ご飯の準備はいいですか!?」
「今捕まえたウサギを骨モツ諸共ミンチにして煮てるところよ! もう少しで完成するわ!」
「ヨーテ様! 寝床の設えは!?」
「これは匠の技が活きる仕事……! オスメス四人がギシギシさせてもビクともしない丈夫な寝床を仮設するのは至難の業……!」
「っていうか、ちょっと待って」
「何で中隊長クラスが作業を仕切ってる?」
「えー? いいじゃないですか?」
迎撃準備とか言いつつ、実際しているのは単なるキャンプ作業なんだけども。
天界軍がやってくる時、もっとも近距離から迎え撃てるとされる邪悪の山の頂に、僕とライレイとリズとヨーテは陣取り中。
僕自身は山頂にあった手ごろな石の上に腰かけて、さも忙し気に動き回る尻三つを観賞中。
僕も何か手伝をうとするも「「「旦那様はどっしりかまえていてください!」」」と取り付く島もない。
だから僕にできること言ったら、三つの尻が甲斐甲斐しく動く様を見守ることぐらいしかなかった。
しかもアイツら、意識してかせずしてか、作業中やたらと僕に背を向けて、いや正確には尻を向けて、その尻を常にフリフリ揺らしている。
明らかに誘っているのがわかる。
家事する女性の生活感に、色気たっぷり含んだ尻の肉感の取り合わせは、男がムラムラする屈指のシチュエーション。
しかも女オークにはハエ追い用の短いイノシシ尻尾が生えるらしく、その尻尾が左右にパタパタ揺れる様も、可愛いと言うか性的と言うか。
それを目で追ってくるとだんだん眠くなってくると言うか……。
「……ハッ!?」
いかん、これも僕の理性を弱めて自分たちを襲わせようとする作戦か!?
「そんなに僕にレイプされたいのかキミたちはッ!?」
「「「されたいです!!」」」
「即答して肯定すんな!」
まったく女オークという生き物は!
それしか自分の人生の中ですべきことがないのか!?
「お言葉ながらゴロウジロー様」
三人の中では結局一番理知的なライレイが口火を切る。
「異性と交わって子を産み、育てること。それはどの生物にとっても至上の行動目的です。そのことに一心不乱となることがいけないことなのでしょうか?」
「いや、そうかもだけど……!」
「そしてなによりゴロウジロー様は、世界最強のオークであること間違いありません。そのゴロウジロー様の精を頂き、より強力なオークを生み出すことはメスオークにとって最高の誉れ。躊躇う理由などありません」
「そうよ!」
続いて一番勢いの強いリズが、それこそ怒涛の勢いで迫ってくる。
「アタシもう、アンタ以外の子供産むつもりなんてないんだからね! サイコーのアタシが、サイコーの子供を産むためには、サイキョーの父親が必要不可欠なの! 大体アタシをメスにしたのは他ならぬアンタなんだから、責任取りなさいよね!」
「責任って……!」
「どーしてもレイプが嫌って言うなら! ……その、あ、愛の営み? とかでもいーけど……!」
何故レイプはハッキリ言えて、そっちで照れる?
「あ、アレでしょ? レイプされてる間ずっと『好き』とか『愛してる』とか『幸せ』とか言ってればいいんでしょ? ライレイにできることはアタシにだってできるわよ! さっさとやりなさいよ!」
「リズ様!? 私だってまだされたわけじゃないですけど! でもやり遂げる覚悟はありますよ! ゴロウジロー様がもっともお気にいるメスになると誓ったんですもん!!」
「それに加えて……」
ヨーテも何か言い出す。
「もうすぐここに天界軍が来る。ゴロやんは一人で迎え撃つとかアホなこと抜かしている」
「えー?」
だってそれしかないじゃない。本来天界軍を相手にするはずのオーク軍七万九千は僕の手で総女体化したんだし。
戦えるのは僕しかいない。
「天界軍に一人で立ち向かうなんて無謀アンド無謀。いくらゴロやんがクソみたいに強くても、ヤツらはそんな甘い相手じゃない。ゴロやん確実に死ぬ」
「えぇ……?」
「だからその前にしておくべきこと、必要な準備。ゴロやんのバックアップを取っておく。このお腹に」
「えぇ……? ええぇ……?」
「ウチのお腹にゴロやんベイビーが残れば、ゴロやん死んでも次に繋がる。命を懸けた作戦の前の必要欠くべからざる準備運動。さ、ゴロやんカムヒア」
カムヒアじゃねーよ。
両手広げて僕を迎え入れるような体勢をとるな『強欲』娘。
「そんなに僕が一人で天界軍を迎え撃つっておかしい?」
僕が尋ねると、ライレイもリズもコクコク頷きやがった。
そんなに勝てないって言うならいっそ逃げちまうか。
そもそも通りすがりの僕にとって、天界軍と戦う必要自体ないんじゃないか?
天界軍と敵対しているのはオーク軍。そのどちらにも所属していない僕は、ハッキリ言って無関係の部外者だ。
本来ならば、総女体化したオーク軍に代わって戦うこと自体、筋の通らないおかしな話。
女体化させたのが他でもない僕という責任論もある。
僕が邪悪の山の山頂に腰を据えてライレイたちの尻を観賞している理由の一つは、間違いなくそれだ。
彼女たちを戦火に傷つけるのに忍びないという理由もある。
が、実はそれに加えてもう一つの理由がある。それは、僕の体に流れる血にあった。
僕の中の半分が、自分の正体を知りたがっている。
だから僕はここで待っている。
「ライレイもリズもヨーテも、他の子たちと一緒に山の中腹で隠れてろよ。元々そういう風に指示したはずだろ……」
「何を仰います! 私はいつだろうとゴロウジロー様のお傍を離れぬと誓いました!」
「命が惜しくて旦那様から離れるなんて! アタシの『傲慢』が許さないわ!」
「ベイビーの元を貰ったらすぐにでも避難する。だからカムヒア」
なんて我の強い子たちだ。
こうなったら力づくでも避難させようと思っていた矢先、そうも言っていられなくなった。
天空から光が差してきた。まるで次元を斬り裂くかのように。
天の門が開いた。




