01 一家団欒
それから十月十日して――。
「……お前が生まれたんだフゴ」
「聞きたくないわ、そんな話!!」
大事な話があるから、とオヤジが言うので黙って耳を傾けていたら、なんつー話をしてきやがるんだ!?
どこの世界に、自分の両親の初セックスの模様を聞きたがる息子がいるか!?
「いや、だって、今日はめでたいお前の十五歳の誕生日フゴ。十五と言えばもう一人前の年齢フゴ。その日にお前の始まりのことを話すのは、話題としてとても相応しいかと……」
「始まりすぎるよ! それならせめて僕が生まれた時の話にしといてよ!!」
「そうか、それは失礼したフゴ。……おーい、フリッカ?」
オヤジが母さんの名前を呼ぶ。
すると台所の方から母さんが、洗いものを中断してやって来た。元がバルキリーのせいか、僕を産んでから十五年も経つというのに、いまだ二十代であるかのような美貌を保っている。
実際の年齢は僕も知らない。以前興味本位で聞いたみたことがあるが、答えの代わりに地獄の猛特訓を課せられて以来、一度も聞いていない。
「どうしたのだご主人様? 酒のおかわりか?」
ウチのオヤジは母さんのことを名前で呼び、対して母さんは何故かオヤジのことをご主人様と呼ぶ。
子持ちになって互いに「お父さん」「お母さん」と呼び合っても不思議はないのに。この夫婦、十五になった長男が砂糖を吐きたくなるほどの甘ったるさがまだ衰えない。
「いやなフゴ。儂らの愛の結晶が、自分が母親の○○○から飛び出してきた時の詳細を聞きたいらしいフゴ」
「あの時か。まーなー、クソ痛かったので全力でいきんでいると、まず頭の方から出てきて…………」
ストォーーップ!!
「ストップストップ!! その話もいい! というか生々しい話は全部ノーサンキュー! 禁止で!!」
ええい。
この人たちの語るに任せていたらいつまでも話が進まない。
ここは一つこちらで情報を整理しておくことにしよう。
* * *
僕の名はゴロウジロー。
オークである父と、バルキリーである母との間に生まれたハーフオークだ。
オヤジと母さんは、なんでも昔はそれぞれ軍隊に所属していて、敵味方に分かれて戦っていたらしい。
戦争中に出会ったのだ。
互い軍を勝たせるために何度も剣とメイスを交えてきたが、ある時ふと虚しくなって二人して駆け落ち。
軍の目が届かないずっと遠くの山中まで逃げて、そこに家を建てて二人暮らし始めた。
まあ、もっともすぐ二人暮らしではなくなったわけだが。
つまりこの家の三人目の家族が、僕ことゴロウジロー。
名前は父、イチロクローの名を引き継いだと聞くけど、どういう風に引き継がれているのか共通性がイマイチよくわからない。
とにかく僕は、人の世の煩わしさを避けて隠遁した両親の下、草木しかない山奥にて、自分の家族のみと一緒に暮らしてきた。
オークの血を半分、バルキリーの血を半分貰って生まれてきた僕は、その双方の性質を受け継ぎながら、どちらとも違う。
顔は父親似だ。イノシシみたいに潰れた鼻、耳は尖っていて、牙も突き出ている。
しかしそれ以外はけっこう母さんから受け継いだ形質も多く、髪の毛はオヤジよりフサフサだ。
それからもう一つ、僕のハーフオークとしての際立った特徴は、腹筋がバキバキに割れていること。
オークというのは本来でっぷり肥えていて腹も肉袋のように膨れている。
しかしオークにとってはそれこそがステータスで、どれだけ腹が贅肉で丸々しているかが雄々しきオスの判断基準なのだそうだ。
実際オヤジもでっぷり肥えた太鼓腹だし。だからこそ僕のバキバキの腹筋が気に入らないらしく、説教する時は大体そのことを揶揄してくる。その度に殴り返してガチのケンカになるわけだけど。
ただ、細かい不満は数え上げればキリがないが、それでも僕は父母から貰ったこの体が好きだし、誇らしい。
山深き大自然を相手に、何度も死にそうになっては、この体を使いこなして生き延び十五年。
今日は僕の十五歳の誕生日だった。
そこで今日は家族全員でお祝いの宴。食事もちょっぴり豪華で皆腹いっぱいで満足そうだ。
食事も終わって母さんは洗い物に台所へ引っ込み、僕とオヤジだけが食卓に残って、いきなり始まったのがあの猥談である。
* * *
「なんでそんな話なの?」
聞きたくなかったけど一応聞いた。
我が父が理由もなく息子の前で猥談始めるアホだとは思いたくなかったからだ。
「うむ。……ゴロウジローよフゴ。お前も今日で十五歳フゴ。十五と言えば、我らオークの社会では一人前の年齢フゴ。オーク軍に入り、その最前線でメイスを取り、残虐非道の限りを尽くさねばならんフゴ」
「尽くしませんけどね」
オヤジ曰く「オークは邪悪な生き物だ」。
僕自身、家族だけの山奥暮らしだからオヤジ以外のオークと出会ったこともない。しかしオヤジがいつも口癖のように聞かせてくるのが、オークとはいかに乱暴で、血も涙もない生き物であるかということ。
力だけが正義で、弱い者は虐げて当たり前。敵する者を集団で襲い、命あるものはすべて殺して、形あるものはすべて壊す。
半分オークである僕も、本来ならそうした破壊衝動的なものが内にあってしかるべきだが、……幸いというべきだろう。僕は生まれてこのかた「何でもいいから滅茶苦茶に壊したい!」などと思ったことは一度もない。
それは僕の中に流れるもう半分の、バルキリーの血がなせる業か?
いや、それだけじゃなかろう。目の前にいる我が父自体、そんな悪逆なことしないんだよな。何と言うか、ただの気のいいオッサンだし。
多分オヤジ自身、変わり者のオークなのだろう。
それはともかく。
「儂が言いたいのはフゴ。お前は今日で一人前となったフゴ。一人前とは、自分で自分の進む方角を決め、自分の足で進み、自分で食い扶持を稼ぎ、自分の女を抱き、自分の子を産ませる。そういうことが全部できるようになったということフゴ」
「はあ」
オヤジは、誕生パーティーの残骸から喰い残しの肉片を抓み出して口の中に放り込む。さらに自家製の蒸留酒を飲む。
「お前はもう一人で生きていけるフゴ。それだけの力もあるフゴ。儂が徹底的に鍛え上げ、フリッカが徹底的に教育したお前フゴ。もはや地上天上のどこにも敵はおるまいフゴ。だからさ……」
オヤジは言った。
「……この家から出ていけフゴ」
「嫌ですが」




