14 欲して望む
プリズマーの心を折った今、次に向かうべきはもう一人の軍団長。
『強欲』の『七凄悪』、コヨーテル。
元々肥満体の太鼓腹であるオークだが、コヨーテルはさらに度を超えてブクブクに太っていた。
もはや自分では一歩も歩くことができないぐらいの破滅的な肥満体。
それでも自由に振る舞えるのは、どういう理屈か体を宙に浮かせているからだ。
そのおかげで、さっき僕が地面を割った時もまったく無影響でいられた。
「ゲヒヒヒヒ……。『憤怒』の力だフゴ。初めて見るフゴ。欲しいフゴ……!」
コヨーテルは僕の眼前に降りてくる。
終始いやらしい笑いを満面に張り付かせているヤツだった。
「二人がかりで来い。それがお前らのできる、一番強い勝ち方だろ?」
「じょ、冗談じゃないフゴ!」
僕の誘いを、即座に拒絶したのはプリズマーだった。
「貴様なんかに勝てるはずがないフゴ!! ボク様は降りるフゴ! コヨーテルがやるなら一人で勝手にすればいいフゴ!」
そう言って、僕に背を向け一目散に駆け離れていく。
「ゲヒヒ、『七凄悪』にあるまじき腰抜けフゴねぇ。『傲慢』の名が泣くフゴ」
コヨーテルは振り返りもせずに、同輩を罵倒する。
「でもまあ戦わないなら、『傲慢』の力は必要ないフゴねぇ?」
「なッ!?」
いつの間にか一本のツタのようなものが、プリズマーの足に絡み付いていた。それに引っ張られ、バランスを崩してコケる。
「ぐばっくッ!? これは……!? コヨーテル! 何をするフゴ!? 『七凄悪』同士での収奪はオーク王に禁じられ……!?」
「敵前逃亡したお前は軍団長失格フゴ。ゲヒヒ。だからオーク王の言いつけに逆らったことにはならないフゴ。力は戦うためにあるフゴ。お前が戦わないなら、その力はオレが代わりに使ってやるフゴ」
プリズマーを絡めとっているツタ。その先端が針のようになってプリズマーに突き刺さる。
「フゴッ!?」
「ゲヒヒヒヒ……」
そして……わかる。あのツタは、プリズマーの中にある何かを吸い出している。
吸い出された何かは、ツタの内部を通ってその先――、コヨーテルへと送り込まれる。
あのツタは、コヨーテルの体から伸びた肉のツタだった。
プリズマーから吸い出された何かがすべてコヨーテルへと収まり……。
「ゲヒヒ、シャイニング・プライド、フゴ」
コヨーテルの指先から『傲慢』の閃光が!?
試し撃ちと思しきそれはあらぬ方向を吹き飛ばしたが、その威力はプリズマー当人のものに勝るとも劣らない。
「あれが……、『強欲』の能力です……!」
脇に控えるライレイが、僕に耳打ちする。
「私も実際見るのは初めてですが、『強欲』の力は他者から何でも奪うこと。物品はもちろん、筋力や能力まで。あのブクブクに膨れ上がった体は、何百人という他のオークから肉を奪い取った結果だと言われています」
「じゃあ今のは……、プリズマーから『傲慢』の能力を奪ったのか?」
「そうかと……。でも、同じ軍団長から収奪を行うなんて……!」
仲間殺しに等しい行為でも、コヨーテルは気にせずご機嫌だ。
「前々から欲しかったフゴー。同じ『七凄悪』の力だフゴ。次はお前の番だフゴ」
コヨーテルの物欲しげな視線が、僕へ向く。
「『憤怒』の力、欲しいフゴ。そのメイスもカッコいいから貰うフゴ。後ろのメスオークたちも全員オレが貰うフゴ。全部全部全部オレのものフゴ!」
「欲張りなヤツだな。……いいだろう」
僕は、コヨーテルに向かって腕を差し出した。
「奪って見ろよ僕の力を」
「ゴロウジロー様ッ!?」
驚くライレイ。しかし僕はかざした手を引っ込めない。
「ゲヒヒ! コイツ、バカだフゴ! では遠慮なく貰うフゴー!」
コヨーテルの肉ツタがシュルンとしなり、僕の腕に絡み付く。先端の針がブスリと刺さり、何かが吸い出されていくのがわかる。
『憤怒』の力が、僕からコヨーテルへと移っていく。
「ゲヒヒ! 今日はラッキーフゴ。『七凄悪』の二つが手に入ったフゴ! このペースで残りも全部オレのものフゴ! 力も! 金も! 名誉も! 食い物も! 家も! 女も! 手下も! 全部全部全部オレのもの……! ……フゴ?」
異常はすぐに現れた。
ヤツの体が、赤く焼けだした。
「何だフゴ……? 熱い、体が熱いフゴ?」
最初、何が起きたかわからぬというように自分の右手左手を眺めていたコヨーテルだったが、すぐに余裕は消え去った。
鍋の中を泳ぐ魚は、その下に火がくべられたとしても、すぐさま気づくことはない。
火の熱によって鍋の水が煮立ち、熱湯になるまでは。
しかしその時にはすべてが手遅れ。
「……あああああああ!! 熱い熱い熱い!! 体が熱い死ぬフゴぉぉ!?」
体中が焼けた鉄のような色になり、苦しみのたうち回るコヨーテル。
「何かを自分のものにする時は、それを背負う覚悟が必要だ。覚悟なく他人の物を奪い取ろうとするから、そんな目に合う」
「ぎゃあああああああああああああ!! 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いあつあつあつあつあつあつつつつつつつつつッ!! あああああああああああああああああああ!! つうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
コヨーテルは全身の肌が沸騰したように泡立ち、今にも燃え尽きるか、融解してしまいそうだった。
不用意に僕の力を身体に注げばそういうことになるのは当然だろうに。
勝負は決したな。
このまま放っておいてもコヨーテルは熱死するだろう。焼かれて死ぬのではない。純粋に熱で死ぬんだ。
「だが、それは面白くない」
『正魔のメイス』を持った腕から、赤熱の煙が上がる。
「ゴロウジロー様!? 能力は奪われたのでは?」
「アイツが吸い取ったのはほんの一部だよ。しかしそれでも普通のオークには耐えきれない」
のたうち回るコヨーテルに歩み寄ると、その腹をメイスでしたたかに叩き伏せる。
それによってヤツの限界以上に膨れた腹が破裂した。中から色とりどりの光が何百の粒となって放出され、その一つが僕へと帰り、また一つがプリズマーへと帰っていった。
他の光の粒も、コヨーテルがこれまで奪ってきた能力だったりなんだったりするのだろうが、ちゃんと元の主へ帰るのだろうか?
とにかくも後に残ったのは、当初の見る影もない姿になったコヨーテルだった。
あの巨大な異様は、多くの力を奪ってきた結果なのだろう。それを失ったコヨーテルは普通のオーク。むしろやや矮躯なぐらいだった。
「……さて、もうやるだけやったか?」
プリズマーは恐怖で。コヨーテルは苦痛で。
指一本動かすことができない。
しかし『七凄悪』と凄味を利かせておきながら、実際戦ってみたらてんで大したことなかったな。
オヤジと同格と言うから多少は警戒したのに、これでは引退したオヤジの方が十倍は強いではないか。
「では死ね」
『正魔のメイス』を振り上げる。コイツが地面に降りれば、プリズマーもコヨーテルもただの肉塊となって原形も残らない。
「待ってください!」
そこに、二人を庇うように割って入る者がいた。
ライレイだった。