13 驕り高ぶる
「ヒヒヒ……。ヒヒヒヒヒヒヒヒ……フゴ」
さっきからいやらしい笑い声が途絶えない。
オーク軍、七人の軍団長『七凄悪』の一人。『傲慢』のプリズマー。
たしかに旅に出てから出会ったオークの誰よりも大きな威圧感、強者のオーラを感じる。
オークらしからぬ枯れ木のように細長い体。それは鉄棒か何かのように硬くて、へし折れるイメージを感じさせない。
「ゴロウジローと言ったフゴ? 貴様ごとき不審者が勝手に名乗れるほど『七凄悪』の称号は軽くないフゴ。真の『七凄悪』の力を見せてやるフゴ。『七凄悪』最強のこのボク様がフゴ」
「最強? 自信家なんだな」
「当然フゴ。ボク様は『傲慢』を司っているフゴ。『傲慢』になるためには絶対必要なものがあるフゴ。それが強さフゴ!!」
突如、プリズマーの体が輝きだした。
太陽かと見紛うほどの強い光だ。光り輝くオーク。
「ボク様美しいフゴ! ボク様強いフゴ! ボク様輝いているフゴ!! これがオーク王より授かりし『傲慢』の力だフゴ!! 誰より強く、光り輝くからボク様は驕り高ぶれるんだフゴ! 『傲慢』とは! 強者の特権なんだフゴ!!」
プリズマーの全身を包んでいた光が、一点に収束し始める。
指先。
その一ヶ所のみに光は集中し。指は僕に向けられた。
さながら、弓矢の先端が狙いを定めるように。
「食らうフゴ!」
光が解き放たれる。
「シャイニーーーーーング・プライド!! フゴ!!」
プリズマーの指先から放たれた光は、まさしく閃光となって空間を走る。
軌道上にある空気を、地面を焼き焦がし、はるか遠くまで飛んで大爆発を引き起こした。
その爆風が僕たちの下へ返ってくるまで、たっぷり十以上数えなければならなかった。
「山が……吹き飛んだ……!?」
ライレイが振り返りながら呆然と呟く。
当然彼女らが目標としてきた邪悪の山ではなく、その周囲にある一つの小山だ。
しかし小山と言えども、オーク一匹が瞬時に吹き飛ばすなど実際問題ありえぬ話だ。
だから彼女が呆然とするのもわかる。
でも……。
「何故外した?」
僕はプリズマーに尋ねた。
そう、僕自身はあの閃光の軌道からまったく外れた位置にいて、無事だった。
ヤツが僕を敵と認識している以上、あの閃光は僕を襲わなければおかしい。
わざと外したとしか思えない。
「ボク様の流儀フゴ。最初の一発は必ず外すことにしているフゴ」
プリズマーは余裕たっぷりに答えた。いかにも『傲慢』らしく。
「ボク様のシャイニング・プライドは威力が高すぎて、相手は何が起きたのか理解する前に蒸発してしまうフゴ。それじゃあ面白くないフゴ。キミには、ボク様の強さと、自分の愚かさを充分理解してから消えてほしいフゴ。そのための予行演習フゴ」
「なるほど、ただ勝つだけじゃプライドが許さないか」
わからなくもないよ。勝ち方に拘るのは強者の義務だ。
弱い者ほどなりふりかまわず勝利だけを求める。意味の薄い劣悪な勝利を。
「だったら次は外すな。ちゃんと当てろよ」
「言いたいことはそれだけフゴ? つまらないフゴ。もっと後悔や恐怖の言葉を吐き散らしてほしいフゴ」
と言いつつもプリズマーは、再び全身を光らせ、その光を指先に集中させる
「死に際までつまらないヤツだったフゴ。もういいから、さっさと消えるフゴ。シャイニング・プライド!!」
放たれる閃光が、今度こそあやまたず僕に命中した。
そしてあっさりと弾け散った。
僕のバキバキの腹筋を前に、霧のように砕けて消滅する閃光。当然のように僕にはダメージ一つない。
「はへッ!?」
起こった事実にヘンテコな声を出すプリズマー。
予想外すぎて自分でも知らないところから声が漏れ出た、という感じだ。
「何だフゴ? 何が起こったフゴ!? ボク様のシャイニング・プライドを受けて何故まだ生きているフゴ? 訳がわからないフゴッッ!?」
「奇遇なことに、僕にも戦いの流儀があってね。『まず最初に敵に攻撃させろ』『敵の攻撃は、最後まで受けきれ』。まあ僕の場合はオヤジからの受け売りなんだがね」
僕に戦い方を仕込む時、オヤジは言った。
敵に言いわけの余地を残すな。常に全力を出し切らせてから叩き潰せ。
「こうしていれば勝てた」「ああなっていれば勝てた」。そんな仮定があるならば、それらを実現させた上で、すべて無意味であることを証明しろ。
そうすれば、敵にこれ以上ない敗北感を与えることができる。二度と逆らおうなどと思わなくなる。
「もしかしたら」の余地すら潰してこその、完全勝利なのだ。
「ちゃんと全力だったんだろうな? 本気じゃなかったとか言いわけされても面倒だから、必要ならもう一回撃たせてやってもいいぞ?」
どうせ効かないがな。
「ありえない! ありえないフゴ! ボク様のシャイニング・プライドが! ……何だ? その肌はフゴ?」
僕の赤熱する皮膚に気付いたか。
「肌が赤く光って……! 煙が出てるフゴ? それがボク様のシャイニング・プライドを防いだフゴ!? 一体何の能力だフゴ!?」
「プリズマー殿!」
見ていられなくなったのか、ライレイが声を放つ。
「ゴロウジロー様のお父上はイチロクロー様! 昔姿を消した『憤怒』の軍団長です! ゴロウジロー様はお父上から『憤怒』の力を継承なさっているのです!」
「フゴゴッ!? 失踪した『憤怒』の軍団長フゴ!? 先々代の『傲慢』軍団長を、些細な言い争いの末に頭砕いて殺したという、伝説の狂気フゴ!?」
オヤジのヤツ、そんな大人げないことしていたのか。
でもありえそうな話だな。その先々代とかいうのが、今いるコイツ並みにいけ好かないヤツなら。
「か……、勝てるわけないフゴ……! 先代も『「憤怒」の軍団長にだけは絶対逆らうな』と言っていたフゴ……! 『傲慢』が『傲慢』になれない唯一の相手フゴ……!!」
すっかり心が折れてしまったか。
自身の最大の攻撃で傷一つ付けられなかった上に、オヤジの名前が追い討ちになったか。
「降参か?」
僕が尋ねると、プリズマーは脳ミソが液状になるかというほど激しく頭を上下に振った。
「ダメだ」
「ヒィ! フゴ」
なんてったって、お前たちはまだ全力を出し切っていないからな。
「二人がかりなら勝てたかもしれない」。そんな言いわけを残したまま叩き潰すわけにはいかない。
そうだろう、さっきから宙に浮いたままの超肥満体。
「いい加減に降りてきて、お前も戦ったらどうだ?」
僕とプリズマーの戦いを静観するだけだった、もう一人の軍団長。
『強欲』のコヨーテル。
「ゲヒヒヒヒヒ……」