12 度し難き罪
邪悪の山の麓が、オークの人波によって塗り潰された。
充満する殺気と暴気。
戦うためだけに存在する生き物が何万にもまとまれば、その圧力だけで誰か殺せてしまいそうだ。
『傲慢』と『強欲』と『憤怒』。
三方からやって来た軍勢が、その先頭をカチ合わせる。
そして僕の眼前に現れる、二人の異形オーク。
「やって来たねフゴ。ボク様の引き立て役さんたちフゴ」
『傲慢』の軍団長プリズマー。
「ゲヒヒヒヒ、この軍勢が全部、オレのものならなあフゴ……」
『強欲』の軍団長コヨーテル。
ライレイからの事前説明で聞いた、双方『七凄悪』に数えられる最強オークだそうだ。
と言っても二人とも普通のオークからは考えられないような異形をしている。
まずデカい。
双方とも通常のオークより一.五倍の身長だろうか。当然僕よりも高くて見下ろされる格好になる。
さらに『傲慢』プリズマーは、オークらしからぬ痩身で、長身と相まって枯れ木がひとりでに動いているかのようだ。
逆に『強欲』コヨーテルの方は、オークにしても度を過ぎた肥満体で、それゆえ自分で歩くともせず、輿に乗って部下たちに引かせている。
「両軍団長殿、長征ご苦労様であります!」
ライレイが折り目正しく挨拶する。
口調からはわずかに張り合いも感じた。彼女だって中隊長ながら、『憤怒』の軍団を統率指揮する者なのだ。
「おや? 何だいキミ、ライレイかいフゴ? こりゃまた随分無様な姿じゃないかフゴ?」
「ゲヒヒヒヒ、メス化メス化。やりたいフゴ」
女体化したライレイの姿を見て、二人の軍団長は揃って下衆な笑みを浮かべた。
「オイオイ、見てみなフゴ。軍団長代理だけじゃないフゴ。『憤怒』の軍団、全員メス化してるじゃないかフゴ」
集合する八万弱の大軍団。
その中のたった三千が、香り立つ女性たちで含まれているのに、残り七万以上の多勢が笑い声をあげた。侮蔑の笑いだ。
「困るフゴねぇ。キミたち落ちぶれ『憤怒』軍なんて、最初からアテにしてなかったフゴが。ここまで完全に役立たずでは失笑もできないフゴ」
「ゲヒヒ、慰安軍としてなら役に立つフゴ。全部オレのものフゴ」
「お言葉ながら!」
ライレイが声を振り絞る。
最強オーク二人の威圧に、気圧されまいと必死で踏みとどまっている。
「我ら『憤怒』の軍団はオーク王より賜った使命を果たすため、ここまで至りました。その点貴軍らと変わりありません!」
「変わりない!? 冗談はやめてほしいフゴね! この落ちこぼれ軍フゴ!」
軍団長の一人、『傲慢』プリズマーが肩をすくめる。
「軍団長が不在で、クソの役にも立たない連中が、ボク様たちと同格なんて笑わせるフゴ! そんなことはオーク王より力を与えられてからほざくフゴ」
「ゲヒヒ、メスとなった今じゃそれもできないフゴ」
『強欲』コヨーテルが下品に笑う。
「そうだねフゴ。全員メス化してしまっては、もはや戦闘では役立たないフゴ。ならばせめてここで全員、戦闘前の景気づけの御馳走にしようじゃないかフゴ!」
プリズマーの宣言に、七万のオークたちから歓声が上がった。
「さあやりたまえ我が下僕どもフゴ! 明日から頑張るキミたちにご褒美の前払いフゴ! どうせ次の日には戦場で死んでしまうフゴ。今日のうちに悔いを残さないようにするフゴ!」
タガを外されたオーク兵たちは、固まる三千の女性たちに向けて殺到した。
多勢で押し潰し、凌辱してしまう気だろう。
その瞳には下衆な情炎だけが燃えていて、理性の一欠けらもなかった。
だから……。
「「「「「「「「「ぐげフゴぉぉーーーーーーーーーーーーッッ!?」」」」」」」」」
全員叩きのめした。
『正魔のメイス』で地面を叩き、そこを起点にして走る亀裂が四方八方、オークたちの足の下へとくまなく伸びる。
そして亀裂はそのまま地割れとなり、巨大なクレバスとなって不快な野獣たちを飲み込んだ。
「ヒィィッ!? 落ちるフゴ! 助けてフゴぉぉ!!」
「よせッ! 押すなフゴ! これ以上進んだら落ち……、フゴォォ!!」
「やめろ足を掴むなフゴぉぉーーーーッ!」
「誰か引っ張って! 助けてフゴーーーッ!?」
七万以上の軍勢が、瞬く間に壊滅した。
僕の背後にいる『憤怒』の美女たち三千名だけが、平らな地面の上でまったく無事。
そういう風に地面を割ったのだから当たり前だが。
「ゴロウジロー様!? 何と言う……!」
「言ったろう、キミたちを守ると」
そのためならば何でもするということだ。
さて。
視線を前方に戻してみると、さすがと言うべきか、軍団長二人はまったくの無事だった。
『高慢』プリズマーは一度クレバスに飲み込まれたものの、凄まじい跳躍力で地表に生還し、『強欲』コヨーテルはどういう理屈か宙を浮いている。
「ボク様の軍勢が……、オーク王より拝領したボク様の軍勢がフゴ……!?」
プリズマーは周囲に広がる惨状を、拳を震わせながら見ていた。
「申し遅れたが言わせてもらう。新しく『憤怒』の軍団長になったゴロウジローと言う者だ」
「ゴロウジロー様!?」
ライレイが戸惑い半分喜び半分みたいな声で叫ぶ。
「であるからには、僕の軍団に手を出す者には必ず死んでもらう。警告はしない。他人のものに手を出せば殺し合いになるのは、当たり前だからだ」
「『憤怒』の……軍団長フゴォ……!?」
プリズマーの、プライドを傷つけられた激情が向けられる。
「ふざけるなフゴぉ! 軍団長を任命する権利は、ただ一人オーク王のみに帰するフゴ! どこのブタの骨とも知れん貴様が、軽々しく口にしていいわけあるかフゴ!!」
「僕が決めればなんでも実現する。何故かわかるか?」
メイスをかざす。
「僕が強いからだ。強ければ正義。それがお前たちオークの法なんだろう? ならば地上のあらゆるすべてのオークを合わせたよりも強い僕が、存在自体『正義』。当たり前のことじゃないか」
「これは……、参ったフゴ。『傲慢』の『七凄悪』であるボク様の前で、ここまでゴーマンかましてくるヤツがいるとはフゴ……!」
プリズマーがヒヒヒと笑った。
それは崩壊を直前にする小さなひび割れの音に似ていた。
「いいフゴ! バカに教えてやるフゴ! オーク王より与えられし『七凄悪』の力を!! この世で誰よりもいい気になっていいのは、『傲慢』を司るボク様だけなのだフゴ!!」