10 軍勢壊滅
「ゴロウジロー様! アナタ様は私たちの新しい主です!」
一通り僕の顔をキスマーク塗れにしてから、ライレイが言った。
「アナタ様こそ、イチロクロー様が去って不在となった『憤怒』軍団の新たな主に相応しい御方! どうか軍団本隊へと赴き、支配者の下知を飛ばしてください!」
「さっきもそんなこと言ってたけどさー……」
とボヤいている間も、僕はライレイのことを抱きしめていた。
「あの……、ゴロウジロー様……?」
「いいから、続けて」
ライレイは恥ずかしそうに身を捩るが、まんざらでもなさそうだった。
女の子を抱きしめるのがこんなにも気持ちいいことだとは。オヤジめ。アイツが母さんを一日二十回もハグしていたわけが今わかる。
それに故郷で妹たちを最後に抱き絞めてから一ヶ月は経ってるしな。自覚はなかったが禁断症状が出ていたか。
「そ、それでは……! 好きですゴロウジロー様! ……じゃなく、我々オーク軍は、オーク王を頂点として七つの軍団に分かれています。そのうちの一つが『憤怒』の軍団です」
「オヤジが元々軍団長だったってヤツ?」
「そうです。それぞれの軍団には、その頂点に立つ屈強のオークがいて、軍団と同じ称号を与えられています。それが『七凄悪』。七人の最強オークたちです」
『傲慢』『強欲』『怠惰』『暴食』『嫉妬』『色欲』、そして『憤怒』。
それが『七凄悪』の内分けだそうな。
つまりオーク軍には、オヤジと同レベルのオークがあと六人いるわけか。
オーク王とかいうヤツもいるそうだから、違うか?
「とんでもない! イチロクロー様は、『七凄悪』の中でも一頭群を抜いた最強の中の最強オークだったそうです。私が『憤怒』の軍団に入ったのはイチロクロー様の失踪後だったため直接は知りませんが、その伝説は嫌でも耳に入ってきます」
「えぇー?」
「曰く、イチロクロー様はあまりに最強の存在で、同じ『七凄悪』の間からでも恐れられていたとか。イチロクロー様の怒りに触れて、何人もの同格『七凄悪』が叩き殺され代替わりしたとか」
乱暴なヤツだなあオヤジは。
同僚を怒りに任せて殺すとかサイテーじゃないか。
「でも、ゴロウジロー様のお父様って言うなら納得が……!」
「会ったその場で私たちの玉砕くゴロウジロー様と似通りが……!」
周りで元オークの女の子たちがコソコソ話しているけど気にしない。
「無論、主敵である天界軍との戦いでも活躍凄まじく、一度の出陣で粉砕する天界人どもの数は最低で一万からだったとか。天界軍でイチロクロー様を止められたのは、『七神徳』の『正義』を司るバルキリーのみ。両者は互角で何度も激戦を繰り返し、ある時同時にいなくなったとか。二人相討ちになって果てたというのが一番信憑性のある噂です」
「…………」
その件についてはノーコメント。
「それ以来、『憤怒』の軍団はずっと軍団長不在です。私のような中隊長が軍団長代理を務めていましたが、正真正銘の軍団長が率いる他の軍団とは実力差が歴然。成果も挙げられず、規模も縮小していき、イチロクロー様が率いていた全盛期からは見る影もありません」
「あ、あの……! だからライレイ様は率先してメス狩りをして、軍団の規模を増やそうとされてたんです!」
「ライレイ様はいつも、軍団を第一に考えているんです!」
周りの女の子たちが縋るように言う。
そのことからもわかるように、ライレイは指揮官として充分に慕われている。しかし彼女には実力が足りない。だから軍団長にはなれず、結果他の軍団から舐められることになる。
『憤怒』の軍団は、立場を失っていく。
「しかしゴロウジロー様ならば! ゴロウジロー様の実力は私たち自身がよく知っています! きっと先代たるイチロクロー様にも引けを取りません!」
勇み立つように訴えかけるライレイ。
そんなこと言われても、僕自身まだまだ修行中で、オヤジには遠く及ばないと思っている。
絶対口には出さないが、オヤジは僕にとって憧れであり目標なのだ。
「どうかゴロウジロー様!」「私たちの主になってください!」「奴隷と主人とかの意味じゃなくて、でもそれもコミで!」
他の娘たちも包囲して迫ってくるが、僕自身どう答えていいのか。
僕が家を出て旅路に出たのには大きな目的がある。
妹たちを辛い目に合わせるかもしれない危険を根絶やしにするためだ。
目的を速やかに果たすためにも、寄り道なんかしていられないんだが。
「ゴロウジロー様……!」
美しい女性のライレイが、僕の小指をキュッと握ってきた。
「ダメですか? 私が好きだと言ってくれたではないですか?」
「…………ッ!」
コイツ……! もう女の武器を使いこなしてやがる……!
そんな今にも泣きそうな潤んだ瞳で上目遣いされたら……!
* * *
「ご覧くださいゴロウジロー様! これが『憤怒』の軍勢、総勢三千名です!!」
女体化したライレイに案内され、やって来てしまった。
どこぞの野営地らしい場所に、見たこともないほど大勢のオークがひしめき合っている。
当然オスの、むさくるしくて暑苦しい団体様だ。濃厚な獣臭さで鼻の感覚が崩壊しそう。
「皆の者よく聞け! 重大な話がある!」
ライレイが、女体化して高くなった声を振り上げて軍勢に呼びかける。
「我が軍団に、新しい支配者が現れた。他の軍団長にも劣らぬ暴力と残虐さをお持ちのお方だ! その御方に率いてもらえば『憤怒』の軍団は必ずや昔日の勢いを取り戻す!」
ライレイの声には迫真がこもっていたが、しかしオークたちの反応は薄い。
それどころか侮るような雰囲気が返ってくる。
「そういうテメエは何様だフゴ?」
「ライレイかよフゴ? 情けねえ、負けてメスになってやがるフゴ!」
「負けメスが偉そうに上から語ってんじゃねえフゴ! メスはメスらしくオスに組み敷かれてろフゴ!」
オークたちの、女への侮蔑は凄まじいほどだった。
軍団のために散々骨を折ってきたライレイにすらも、一片の労わりすらない。
「コイツ、オスの時も偉そうで生意気だったフゴ! 仕返しの時フゴ! 皆で手籠めにして、自分の立場をわからせてやるフゴ!」
「ちょうどいいフゴ! 一発抜いてスッキリするフゴ!!」
軍団長代理であったライレイを失い。軍団はもはや暴徒でしかなかった。
「待て! お前たち! 新しい軍団長の……!」
それでもライレイが必死に呼びかけるが、まったく歯止めにならない。
「うるせえ! おっぱい見せろフゴ!」
一番先頭にいたオークが、ライレイの肩を掴もうとしたその時だった。
「フンゴごべえぇッ!?」
その股間に、『正魔のメイス』がめり込んだ。
右足と左足の間にあるものをペシャンコに潰されたオークは、泡と吐瀉物を口から出しながら、倒れ込んだ。
「僕の女に手を出すんなら、死にたいということだな」
「あの、……ゴロウジロー様?」
左手でライレイを抱き寄せ、右手で『正魔のメイス』を振りかざす。
「いいことを教えてやる。他人の女に手を出せば、次に起るのは殺し合いだけだ。僕の女に手を出せば、一方的に殺されるだけだ。今からそれを証明してやる」
結局『憤怒』の軍勢、三千人。
程なくすべて女体化した。