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東院宝物手箱  作者: 馨
子供の調度
3/32


 今まで視えていたものが視えなくなるのは非常に困るというのは分かるが、今まで視えなかったものが視える様になって困るということがあるということは明里は思ってもいなかった。

 たとえ視えたとしても無視すればいいだけだと軽く思っていたのだがそうは問屋が卸さない。

 「はーげ、はーげ、そーこ抜けー!」

 「男に媚びるのは良いけど鏡見てからにして欲しいよね。見てる方も辛いものがあるよ」

 「これ!この画像見たい!ああ!違う!そっちじゃない!」

 「…………」

 いつも通り講義に出席しているのだが昨日と今日で講義室の様子は劇的に様変わりしていた。明里にとって。

 昨日までは視えなかったが講義室の至る所で人外のものが各々好きな様に過ごしている。掌サイズの小人や猿や鳥の様な姿をした者達で、彼等は変な歌を歌ったり、講義そっちのけで男子学生にくっついている女子学生を酷評したり、学生が見ているパソコンを横から覗き込んで注文をつけている。

 しかし他の人達は見えないので全く気にしていない。当然講師も見えていないので人外のもの達は好き勝手している。

 見ざる聞かざるを貫き通すにも限度がある。しかも恐ろしいことに今は一限目で今日明里は五限まで授業があるのだ。

 自分でも目が死んでいるのが分かり、余程ひどい顔をしているのか講師がちらちらとこちらを伺っている気がしないでもない。

 やっと一限目が終わり、明里は机に突っ伏して深々と溜め息をついた。その間も人外のもの達がわらわらと集まって来る。

 「まだ一限目だぞー?」

 「この人ちょっとおかしいよね。何回か目が合ったもん」

 「俺達のこと視えてるだろ。おーい、無視すんなー」

 早々に視えていることがばれてしまっている。

 周りに視えていないものに反応してしまうと他の人間にはより一層気味悪がられるだろう。

 奇人変人の巣窟である芸大でもトップを争えるくらいの個性を持つ事になる。

 心頭滅却し鋼の精神でちょっかいを掛けて来るものを無視し続けた。人間も無視してしまったかもしれないがあれこれ考えていると人外のものの問い掛けにも反応してしまいそうなので仕方無い。

 今までの人生で心霊現象など全く縁が無かった明里だが、ファンタジー系の漫画や小説を読んでいると大体のものがそういうものの声に応えてはいけないという。

 三限目にもなると少し慣れて来て仏像の様にぴくりとも動かない表情で講師の話しに耳を傾けてノートを取る。

 話し掛けても反応しない明里に興味が失せたのか徐々に明里にちょっかいを出すものはいなくなった。

 一時は。

 「絶対視えてるよこいつ」

 「でも全然反応しないよ?」

 「だって俺らが何かすると鼻の穴が広がってるもん。笑うの堪えてるんだぜ、絶対」

 「…………」

 伊達に長い間人間にちょっかい出していないらしい。見事な観察眼で見抜いて来る。

 人外のもの達は集まって何やら相談をしている。恐らく碌でもない相談だということだけは明里にも分かる。

 相談がまとまった様でまるでスポーツの試合前の様にハイタッチして散らばる。

 「一番、鳥助、『菅原先生』の真似。『もうね、この血の滴る感じがエクスタシーだわ!』」

 裏声でうちの名物教授のモノマネをし出す。

 これは浮世絵の残酷絵の授業の際の先生の言葉で、頬を紅潮させ鼻息荒く言った教授の言葉に学生達は言葉を失ったことは記憶に新しい。

 「二番、虎太郎、『杉先生』の真似。『おまえらー就活ちゃんとしとんのかー?んー?準備が肝心なんだぞー』」

 続いては就職活動に熱心な先生のモノマネだ。

 誰にいつ会ってもこの定型文から始まるので皆辟易している。

 このあと三人目が名乗りを上げる前に明里は荷物を引っ掴んで講義を途中で退席した。

 もう腹筋と表情筋が限界だった。


 「……あの、すみません、天澤さんいらっしゃいますか」

 どうやって切り出すか散々悩み、頭の中で数十回話し掛ける練習をして満を持して券売窓口にいる女性に話し掛けた。

 窓口に座っていた女性は大きくつぶらな目をぱちぱちと瞬いている。

 まるでファッション雑誌から抜出したかの様な完璧な容姿を持つ女性。体は華奢で、手足はすらりと細く長い。服は美術館勤務ということで動きやすさ重視のシンプルな出で立ちだが彼女の素材の良さを引き立てている。小さな顔の中に顔のパーツがバランス良く収まっており、見る者全てを引き込む様な瞳がとても印象的だ。睫毛はふさふさで瞬きしていると神風が起きそうだった。肌も光り輝いているかのように白く、唇は薄く色づいて柔らかな桜色だった。

 改めてこの美術館の顔面偏差値の高さを思い知らされる。

 「もしかして『明里ちゃん』?」

 ほぼ初対面の人に名前を呼ばれて驚かない人はまずいないだろう。明里はひゅ、と息を呑んだ。

 「あ、びっくりさせてごめんね。天澤君から話は聞いてるわ。ちょっと待っててね」

 女性は涼しげな印象とは異なり、ふんわりと柔らかく笑って内線の受話器を手に取る。

 ちょっとした仕草でさえも目を奪う程美しい。

 「天澤君?今入り口に昨日言ってた明里ちゃんが来てて……うん、そう。うん、うん、分かった……天澤君すぐにこっちに来てくれるって。ちょっと待っててね」

 「ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げると女性はふふ、と笑って頬杖を付く。

 「私は藤原美喜ふじわらみき。私も視える人間なの」

 「あ、やっぱりそうなんですね」

 何となく最初の話しからそうなのではないかと思っていた。

 遥や美喜など最早人間離れした容姿を持つ者なら、人には無い力を持っていると言われても何となく納得出来る気がする。こんな所でも顔面格差が存在するとは。

 「視えるようになっちゃったの昨日なんでしょう?大丈夫?……って大丈夫な訳無いかぁ」

 「あはははは」

 聞いている途中で明里がここに来た意味に思い至ったらしく眉根を寄せて苦笑を浮かべる美喜。

 美喜はすぅ、と美しい瞳を細めた。明里は同性だというのにどきりと心臓が跳ねたのが分かった。

 「この力を持つ人は圧倒的少数だけど、他の人には出来ない出会いがあるわ。出会いは人を豊かにするからどうか逃げずに向き合ってやって」

 まるで心根を見抜かれているかの様な言葉に息が詰まった。

 明里は誰かと出会うことなど大抵碌な事が無いと思っている。

 互いを利用し、利用され、人の醜い心根を覗いて人の悪しき様に絶望する、いつもその繰り返しだ。

 「……そう、ですね」

 強い人間はそれでも人と出会って傷付きながらも己を高めて行くのだろうが、明里はどうしようもなく臆病だった。

 傷付くのも傷付けるのも、怖い。出来る事なら自分の殻に閉じこもって息を潜め、誰とも関わることなく生きて行きたい。そんな人間の成り損ないみたいな奴だ。

 「美喜さん、すみません」

 少し息を切らしながらやって来た遥の声で現実に意識を戻す明里。その瞬間、遥と目が合った。

 昨日大丈夫だと大見得を切った手前、気まずくなって視線を彷徨わせる。

 「大丈夫か?」

 しかし遥が見逃す筈も無く真っ直ぐ目を覗き込んで来る。結局うんともいいえとも言えず黙り込んで俯くと頭を力強く掴まれてわしゃわしゃと掻き回される。

 「うわっ……」

 「気が済むまでゆっくりして行けば良い。ここなら人の目は気にしなくて良いしな」

 乱れる髪の間から何とか覗けば、遥が穏やかな笑みを浮かべているのが見えた。

 その表情を見た瞬間ほっとしてしまったことが、少し怖かった。

 面識を持って今日で二日、もう既に彼をこの突発事項の拠り所にしようとしている自分に。

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