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雲のない夜だった。

月の灯りに照らされて、走る二つの影が見えた。

ひとつは狼。大岩のごとく巨大な体躯である。もうひとつは人間。黒髪の男である。ぱっとしない顔立ちで、必死な面持ちで走っている。

男は狼に追いかけられていた。

木々の間を走り抜け、後ろでメキメキと壮大な音を聞きながら、力を抜いたら漏れそうな下腹部に力を込めながら。

どこまで逃げればいいのかわからなかった。もはや心は諦めきっていた、ただ彼にあるのは意地と死の恐怖だけで、身体がそれに反応して走り続けているだけだ。

逃げられているのは幸運にもここが森の中であるから、木々が巨躯の狼の妨げになっているためである。ただ、じわじわと近づいていた。

男は音でそれを感知していた。少しずつ近づく狼の足音、それが真綿で首を締めているような気分になって、もういっその事力を込めてほしい、一息で殺してほしいと心の中で願ってしまうほどに、男を憔悴させていた。

が、男のこれまでの努力は無駄ではなかった。彼の前に曙光が差し込む。

目の前に巨大な岩の壁が出現した。それは二つに割れて、その間に人が入れそうなのだ。

巨躯の狼には確実に無理だろう。希望の光に、藁をもすがる気持ちで男は足に力を込めた。

強く、大地を踏みしめ、爆発させる。

足音はすでに背後まで近づいている。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

「――ッぁ!?」

男が我に返ると、すでに岩の間に挟まっていた。背後を見ると、巨大な瞳がこちらを見ていた。全身から血の気が引き、カチカチと歯がぶつかり合う。

男は逃げるように前へ前へと進んでいく、どれほど進んだだろうか、広い空間へと到達した。

一瞬、外に出たのだと思った。そうなるとあの狼が、もしくはそれに準ずる何かが襲い来るかもしれない。

逃げよう。隙間へと再び体を押し込もうとしたとき、地面が発光した。

その時はじめて、男はここがまだ外ではないことを知った。ドーム状に丸く切りとられたような場所で、その中心であろう地面から、渦を巻くように描かれている文様が、青白い光を放っている。

空間の奥には道が続いているが、怖くて進むことができなかった。奥に竜でも寝ていそうな気がしたのだ。

その時だ――カツン、と甲高い音が響いたのは。

それは、何度も何度も規則的に繰り返された。

「靴音……?」

だとしても、何故こんな場所に。男は恐怖し、隙間へと体を差し込む。何者が来ようとも逃げられるようにと、身構える。

その恐怖は、靴音の主が現れたとき、霧散することとなる。現れたのは銀髪の女性、それもメイド服を着こんでいる。顔は人形のように端正で、何の感情も見せてはいなかった。

「――お客様でしょうか」

淡々とした口調で問われた男は、困惑の色を見せるのみだ。

「え、ここ……家?」

「お客様でしょうか」

問いの返答は得られず、代わりに二度目の言葉を渡される。

お客様でしょうか、の問いはそれからさらに二度続けられることとなる、観念した男は思わず頷いてしまった。

メイド服の女性は点頭すると、突然早口で語り始めた。

「ええ、ええ、実に何年でしょうか、百年から先は数えておりませんが、お客様でございます。先の主人は客として呼べる友人や関係など全くのない、ぼっちの王、ボッチキングと呼べるほどに一人きりでございました。孤高の王(笑)などとも自称していましたね。さて、お客様。紅茶は茶葉がすでにダメになっております。食事は一つもありません。メイドの本懐を一つとして行えない上、厚かましい話ですが、一つだけお願いを叶えていただけないでしょうか」

「……え、はい?」

「肯定の言葉を得ました。契約を開始します」

「えっ」

空間が強烈な光により、真っ白に染まった。




宿屋の扉が勢いよく開け放たれた。

対して活気のある街でもなく、商人がよる地理でもないため、閑古鳥が鳴いているこの宿屋は、すでに老齢となった主人にとって趣味のようなものであった。

今日も誰も泊まりに来ないだろう、そう鷹を括っていたが、そこへ五人組が現れた。

主人は反射的に立ち上がり、応対の姿勢を示しながら、五人を注視した。

一人は男。四人は女。男はぱっとしない顔立ちで、題名をつけるならば『平凡』であろう。しかし、アンバランスにも四人は見目麗しい美女であった。三人は剣・杖・盾を持ち、その佇まいは老練した武者を思わせる。ただ――なんだか不自然な気がした。

はて、と老人は首を傾げる。その“気がした“理由がわからないのである。恰好も軽鎧・ローブ・重鎧と武器と鎧でマッチングしているというのに。

剣を携えた金髪の少女は、カツカツと主人へと近寄ると、懐から金貨を取り出し置いた。

かなり古い金貨だが、使えるものである。

「一番デカイ部屋を貸してくれ」

「ご、五人で泊まれるということでしょうかい?」

「あぁそうだ」

見た目はどこの貴族令嬢化と言わんばかりの気品があふれるものだったが、口調は荒々しかった。物語でいそうな姫武者のような女である。

服装もドレスの上に鎧を着こんでいるものだから、どこかの令嬢とそのお伴である可能性が高い。

それを確信づけるように、四人の女のうち、一人はメイド服を着ている。

「一番上の奥の部屋です。鍵は、これです」

「ありがとう。おい、行くぞ」

鍵を振り回して女は背後へと声をかけた。疎らに返答があると、満足げに点頭し、歩き出す。その背中を追って、ぞろぞろと列をなしで去っていく。

五人組が消えた受付にて、主人は嵐が過ぎ去った気分で椅子へと座った。

「何はともあれ――男がうらやましい」

五人部屋に四人美女、一人男。もしや男が性豪で、五人でヤッてしまわれたり。

いいなぁ……と主人はうらやまし気にため息をついた。



「で、どうなってんだこれは」

五人用の広い室内に置かれた丸机を中心に、五人が座っていた。奥にある窓から差し込む陽光が、剣士の金髪を鮮やかに照らしている。壁紙のない部屋はベッドと棚と、椅子と机ぐらいしかない、殺風景なところだが、部屋云々を気にしていられる余裕は、彼ら自身には無かった。

剣士の言葉に同調するように、四人は一様に座っているメイドを見た。無表情のメイド――『完全究極型メイドロボット・NEXCEL001戦闘可能形』略してネクセルは平淡な口調で

「はて?お願いをかなえることは了承されましたよね」

そこへ黒髪の男、宮本和幸は慌てた様子で言った。

「『はい?』としか言ってないですから!疑問形ですから!」

「では私は捨てられる、と」

そんなこと言ってないから!と四人の声が同時に放たれた。彼らは顔を見合わせ、これまた同時にため息をつく。

まるで四つ子のようだと思ってしまうほどに、シンクロしている彼等だが、それに近いものである。四人は全員宮本和幸だ。体は違うが、その身に宿す魂は同一のものである。

契約の光が発光、そのショックで気絶した和幸は、目を覚ますと一冊の本を抱えていた。

『天才が書いた本』である。その本の詳細ではなく、題名として背表紙と表紙に書かれている、自画自賛が過ぎる本だ。分厚く巨大なそれは、題名に劣らず知識の宝庫だったが。

問題はそれではない、一冊の本などそれの前では取るにたないことだ。和幸がその本を抱えて立ち上がった瞬間、『起動開始』という機械音声が響いた。

それから地面から三つのカプセルが、和幸を囲むように現れたのである。透明な筒のそれは、突如として二つに割れると、そこからファンタジックな恰好をした、三人の美女が現れた。内部に満たされていた液体が地面へと広がり、和幸は思わずカプセルの中央から逃げ出した。エイリアン映画で出てきそうな光景に、和幸があっけに取られていると彼女たちは顔を拭い、和幸を見た。

全員同時に言った。「あれ?なんで俺が目の前にいるんだ?」と。

「……で、俺たちは宮本和幸なのかよ」

杖をくるくると回転させながら魔法使いは訊いた。

ネクセルは肯定し、頷いた。

「マジで?」と盾を持った女性が問う。

再び点頭され、和幸四人は天を仰いだ。

「異世界転生?」

剣士が言った。

「それっぽい」

魔法使いが三角帽子を手に取り、くるくると遊びながら言った。二つに分けられた黒い前髪が、風にあおられている。

「というか本にはなにか書いてないのか?」

大盾使いが言うと、三人の瞳が和幸へと集まった。

和幸は本を机に広げ、三人がそれを覗き込むのを見回しながら、気だるげに告げた。

「――長すぎて読み切れない」

「読めたところでわかったことは?」

剣士の問いに、和幸は半笑いで言った。

「電子レンジの原理」

「なんの意味があるんだよそれは……」

呆れた口調の大盾使いに、メイドが詳細を騙り始める。

「そこには前主である、ケンイチロウの知識をやたらめったらに書いたものです。『我が漆黒にして理解されえぬ頭脳はカオス。この本はカオスノーレッジ!』と」

「中二病だってことはよくわかったよ」

剣士の物言いに、メイドを除く全員が同意を示し、点頭した。

和幸は本へと視線を落とし、あ……と声を上げた。顎に指を当てて、考え始める。

剣士は首を傾げて訊いた。

「どうしたんだ?」

「いや……これ、普通に日本語で書かれてるよな?」

三人は一瞬眉をしかめると、あ……と声を出した。

剣士が椅子から立ち上がり、和幸の背後へと回る。本の文章へと流れるように視線を動かす。

「マジだよ!?」

それを追うように二人も背後へと回る

魔法使いが驚愕した。

「マジかよ、日本語じゃねぇか!」

「な、なぁネクセルさん。この言語ってどうなんだ?普通に使われてるのか?」

大楯使いの問いに、ネクセルは当然のことのように言った。

「日本語は公用語です。陸地で移動可能ならば、どこでも使用されています」

和幸四人は飛び出した。外が見られる窓へとへばりつくと、ガラス越しの景色を眺めた。

木製の家が立ち並んでいる。どれも今いる宿よりも同じくらいの建物で、でかくとも三階といったところである。高層住宅やビル群などは見えない。

「ここは、どこなんだ……?」

和幸のつぶやきに、驚く四人を眺めるネクセルは、すっと立ち上がった。

足音に気づいた四人は、窓に手をかけながら振り向くと、ネクセルが口を開いた。

「この国は大和。大和国と呼ばれています」

「「「「日本だァァァァァ!?」」」」




『天才が書いた本』の後方に日本地図が乗っていた。教科書やパンフレットみたいな、折り畳み式のものである。大和の上にローマが置かれているなんともカオスな地図であった。

位置的に言えば、東北地方がローマで、関東・近畿が大和となっている。

「え、なにがあったんこれ」

剣士の眉根をひそめての言葉に、ネクセルは答える。

「かつては白人・黄人・黒人の三つで国が作られました。その後内紛により分裂、合併を繰り返し、その結果がこれですが」

「日本を舞台になにやってんの外国人!?え、なんで?なんで外国人が国を作るほどに大量に来たの!?」

頭を抱えて和幸が叫ぶと、これもネクセルが返答する。

「大災害で各国の難民が日本に集結したそうです」

魔法使いが首を傾げた。

「大災害?」

返答は首を振るのみだった。よくわかっていないらしい。

困惑に次ぐ困惑の連続で、和幸たち四人は椅子へと戻ると、机へと覆いかぶさった。

口々と「意味わかんねぇ」と言い放ち始める。

剣士がふいに顔を上げて、ネクセルへと問う。

「そういや、今って西暦何年?」

「歴史の空白がございますのでハッキリとは言えませんが、約3200年とされています」

「……タイムスリップしたのか、俺たち」

剣士の呟きに、頬杖をついて顔を上げて和幸は、だろうな、とだけ返答した。

大盾使いは、気の抜けた声で

「千年以上かー」

と言った。

淀んだ空気がその場を覆い始めたとき、それを打ち消したのは剣士である。

勢いよく机を手で机を打って立ち上がると、何やら身振り手振りを開始し始めた。

「暗くなっても仕方ないんだよォ!帰る方法探すべきだろ!」

魔法使いが顔を上げて上目遣いで剣士を見る。

「……本体以外、帰っても居場所はないぞ」

「いぃ場所がなんだってんだぁ!両親と友人心配させんぞ!いいのか!」

「よくはないけどさぁ……やる気でない」

「なんだとお前!お米食べろぉ!」

ヒートアップを始める剣士と魔法使いの間に、ずいと盾が伸ばされた。

「やめろって。帰ることすらわからないのに、それで喧嘩したって無意味だろ?」

大盾使いの言葉に、二人は矛を収め、椅子につく。

和幸は本を閉じ、周囲をぐるりと見回した。

「帰っても就職はできん、良くてバイトだろう。公に仕事することはできない。でも少なくとも俺は正式な戸籍はあるから、家は借りれるし、お前たちを住まわせることも可能だ。というより、自分を拒絶するわけもないだろう。っていうか」

この世界、未来世界なのに魔法があるし催眠魔法ぐらいあるんじゃねぇの?と和幸は言った。その瞳は強く輝いていた。

その言葉を聞いた瞬間、空気が明るくなっていった。三人は瞳を輝かせ、魔法使いが力強くネクセルへと訊いた。

「マジですか!?魔法あるんですか!?」

「はい、ございますが」

「ッシッッッ!」

途端、元気よくガッツポーズを取る。

「俺の恰好魔法使い、つまりこの中で最も強力な魔法が使えるわけだ!貴様らのメラゾーマは余のメラと同等だ」

「うるせぇお前に向かった敵全スルーして突撃させるからな」

調子に乗った魔法使いに、笑いながら憎まれ口をたたく大盾使い。

剣士は鞘から剣を引き抜き、刀身を眺めている。

「魔法剣使えたりすんのかなぁ……」

「お、いいな魔法剣使い。俺の魔法と同化させて、魔法剣!」

「俺盾しかないからなぁ」

残念そうな大盾使いの言葉に、剣士が人差し指を立てて言った。

「槍でも装備すればいいんじゃないか?」

和気あいあいとしてきた雰囲気の中、皮切りとなった発言をした唯一の男は、本をぺらぺらと捲っている。

「んで、本体はなんをするんだ?」

剣士の言葉に、和幸は小さく首を振った。

「たぶん、俺は魔法が使えない」

「は?なんでだよ」

それに応えたのはネクセルだった。

「現状維持に回復魔力を全部使用しているのでしょう」

「は?」

「たぶん正解だろ」

机の上に、三人へと見せるようにページを開いた。なんだなんだと注目すると、そこに書かれてたのはゲームのステータスのようである。

名前は書かれていないが、装備品によって区別することができる。この場の五人のステータスが描かれていて、和幸のMPゲージが増えたり減ったりを繰り返している。一定から減りすぎることもないが、増えすぎることもない。

「MP無くなったらどうなるんですか?」

という魔法使いの問いに、ネクセルは言った。

「死にます」

それが冷酷な口調に聞こえたのは、言ったことが言ったことだからだろう。淡々とした口調も相まって、死刑宣告と等しく聞こえた。

「現実は非常だなぁ」

頭を掻いて残念そうに和幸は言った。

「それは違います。通常の人間では現状維持すらできません。六人分の生命維持を行える回復速度なのですから、かなり上級の部類に入るでしょう」

「異世界チートかな?」

剣士が笑って言うと、大盾使いが苦笑いで

「使えぬチートはチートじゃないだろう」

と言った。

和幸は曖昧な笑顔を浮かべるしかない。

「本にはこの主である和幸様以外の四人を回復・強化するシステムが組み込まれています。使用可能な魔法はそのくらいでしょう」

「ほうほう、では補助してくれたまえよ」

ネクセルの言葉に、にやりと笑った魔法使いが偉そうに言い放つ。

くっそうぜぇと和幸は思いつつ、本へと視線を落とした。その時ふと気が付いた。

「そういえば、剣とか持っていても咎められなかったな」

たしかに、と三人は同時に頷いた。

「ダンジョンがあるからでしょう」

ネクセルはさも当然のように言った。周囲が沈黙に包まれる。

「ダンジョンって、その……迷宮とかの?」

和幸の問いに、ネクセルは肯定する。

さらに和幸は続けて問う。

「え、日本ですよね」

「はるか昔、建物の迷宮化現象が起こりました。それからダンジョン攻略を行うものたちが現れるようになりました。成果としては、かつての文明の資料などで、多くの研究者や企業関係者が多額の金で買取っています」

「一攫千金を狙ってってことか」

「ロマンってのもあるかもな」

しみじみと言った様子で剣士は言った。

そこから話を広げるべく、間髪入れずに魔法使いは言った。

「待て。ここは未来なんだろう? だったら帰る方法がわかるかもしれないぞ。ほら、タイムマシンとかありそうじゃない?」

「タイムマシン?」

驚いた和幸に、好奇心まるだしの魔法使いは大きく頷いた。

「タイムマシン!青い狸でも、車から列車になったりしたりと、まぁ色々と多種多様なものはあるし、ありそうじゃない?だって千年だろ?ドラえもんだって百年そこらで生まれるんだ」

「フィクションだろう?」

呆れた様子で剣士は言った。

どうやら全部自分だが、性格が少しだけ違っているようだ、と和幸は気が付いた。

魔法使いは不満そうな表情を見せる。

「ロマン言ってるやつがロマン否定するなよ」

「まぁでも、目指す先がないじゃないか。だったらそういうのもありだと思うけど」

「だよな!」

和幸の言葉に、魔法使いは食いついた。片手を天井めがけて突き出し、宣言する。

「よし、目標は帰還する方法!」

「あぁ、後どうしてこうなったかも含めてくれ、帰還しても原因がわからなきゃなぁ。いきなり死ぬ、なんて嫌なんだが」

大盾使いの言葉に、魔法使いは点頭する。再び天井へと拳を突き出し

「帰還方法と、世界がこうなった理由のつきとめる!」

「すまんが、なんで俺が――俺たちがここに来たかも含めてくれ」

和幸の言葉に、魔法使いは投げやりに言った。

「わかった。まとめるから言えよ、なんども宣言しなおすの面倒なんだよ!」

「別に宣言しなくてもいいと思うんだが……」

剣士の言葉に、それじゃあ意味がないだろうが!と反論する。

「俺は意味がわからないんだが。まぁいいか……俺はこれ以上特にない」

剣士が周囲を見回す。誰もが口をつぐみ、開こうとはしない。

魔法使いはよし!と拳を作る。

「帰還方法。世界がこうなった理由のつきとめ、ここに来た理由を探る!」

よし、と満足げに魔法使いは胸を張る。ローブ越しでもわかる、薄い胸が見える。

あぁこいつら本当に女なのか、と和幸は思った。剣士は軽鎧越しでもわかるほどに女性らしい体つきをしている。もう一人は――わからない。重装備だ。

「……お前なんで脱がないんだよ」

思わず和幸は大盾使いへと訊いた。大盾使いはそれにびくりと肩を揺らすと、頬を赤く染めて小さな声でなにかを言った。

聞こえなくて、再び和幸は問うと、今度は勢いよく叫んだ。

「脱ぐ方法わかんねぇんだよぉ!」

そりゃそうだ――とは思ったが、口にできるかと言われれば、憚れる。

「なんかスマン。ネクセルさん、脱ぐ方法はわかります?」

ネクセルは点頭する。

その横で、大盾使いは顔を手で覆っている。

「あー本当に恥ずかしい。幼児になった気分だ」

「さすがに仕方ないだろ、俺だってそんな脱ぎ方わかんないぞ。一応俺のはボタン外して紐を取れば脱げるっぽいけどさ」

そういって剣士は皮製の鎧へと手をかけた。パチンッといい音を立てて鎧は床へと落下した。圧迫されていた体が解放され、ぐぐっと伸びをする。

彼女の胸を見て、魔法使いは恨めし気に言った。

「お前……俺は巨乳好きだってのになんで俺は……」

「うぉ、マジだでけぇ!すげっなにこの弾力!ゴムボール!巨乳最高!」

和幸はその光景を呆れたような顔をしてみる――が正直やめてほしかった。今まさに美女に己の性癖を暴露されている気分だ。ベッドに入って縮こまりたい。

それは鎧を脱いだ大盾使いが現れてから、さらに混沌となってくる。

「なんで俺だけ貧乳で他はでかいんだよ!?」

「あーでかいな、マジか。肩こりそうだな」

「嫌味か!?嫌味なんだろ!?」

「あーお前ら!」

なんでもいいからやめてくれ――。

その願いを込めて放った言葉は、見事に彼女たちを止めることを可能にした。

が、問題はその後である。不思議そうに見くる彼女たちに、呼び止めた理由を提供しいなければいけない。

「なんだ?」

剣士の声を聴きながら、全力で頭を回転していく。

――そうだ。


「――名前、考えよう」


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