小さな光(アレクシードとインフォームド)
あの日、少年は初めて光を見た。少年の名は、アレクシード・ダイアン。愛称をアレクという彼は、白の王国現国王の甥に当たる。彼の目の前で、年下の従弟である白の王国の王子、インフォームド・ダイアン(愛称・フォム)が光魔法を操った。当時まだ11歳であったアレクシードにとって、それは驚くべき事だった。
アレクシード自身、将来を期待されるほどの才能を秘めた少年であったが、彼にはまだ光魔法を操る事はできなかった。よくて掌を発光させる程度の事である。だがしかし、インフォームドは確かに光を操り、目の前の小石を砕いて見せた。無邪気に微笑みながら、褒めて貰えると思っているのだろうと解る表情で、彼はアレクシードを振り返った。
そのとき、アレクシードは本当に嬉しかった。自分と同じ純白の髪に、僅かに白濁したアレクシードの瞳とは明らかに違う、澄み切った透明度の高い無色の双眸。並ぶと兄弟のようだと賞されるほどに二人は似ていて、そして仲が良かった。
「アレク?」
「凄いね、フォム。僕にもまだできないのに。」
「偉い?」
「あぁ、偉いよ。流石だね。」
優しい微笑みを浮かべたアレクシードに、インフォームドは無邪気に笑った。小さな光を生み出した少年王子は、それでもその事を無邪気に誇る以外は何も他意はないようだった。彼の腹違いの兄弟達が焦るだろうなと、アレクシードは苦笑しながら思う。
大切な従弟。そう思いながら彼は目の前の少年を見つめている。ふと、何かを思いついたかのようにインフォームドが顔を上げる。その顔には、何かいい事を思いついたと言いたげな表情が浮かんでいる。
「あのね、アレク。皆が僕の事をフォムって呼ぶから、すぐに解らないんだ。だから、アレクは僕の事、インフォームドって呼んで?」
「……いいのか?」
「うん。父上と母上しか呼んじゃいけないらしいけど、僕がいいって決めた人になら呼んで貰ってもいいんだって。だから、呼んで。」
「本当の名前で呼んで貰うヒトは滅多な事で作っちゃいけないんだ。俺だって、父上と母上しか呼ばない。いつか、本当に大切なヒトが現れた時に、そのヒトに呼んで貰うといいよ。」
「やだよ。だって、それじゃすぐにアレクだって解らない。そんなの嫌だ。」
我が儘な子供のような発言に、けれど折れたのはアレクの方だった。元々、彼はインフォームドに対してかなり甘い。彼の願いならば出来る限り叶えてやりたいと思うぐらいには。だが、本名とは魔法を使う王家の人間にとっては最も強い呪い(まじない)だ。だから、アレクシードはしばらく考えて、インフォームドの頭を撫でる。
「フォムの大事な名前を呼ばせて貰うんだから、フォムも俺のこと呼んで良いよ。」
「いいの?」
「あぁ。良いよ、インフォームド。」
「ありがとう、アレクシード!」
嬉しそうに抱きついてきた従兄弟の身体を、アレクシードは抱き留めた。この時彼は、まだ知らなかった。ずっと一緒にいると信じていた。何があってもこの無垢な従弟を護ろうと、思っていた。それが当然のことだと、信じていた。
「…………インフォームド。」
辺境へと追いやられるようになって、早3年。今は19歳になっているだろう従弟の姿を、脳裏に描く。その姿を想像するのは容易い。王国中に姿絵が回っているのだから。
アレクシードは、まだ信じていたかった。あの無邪気で向くで、誰よりも優しかったインフォームドの変貌。それは、何か理由があってのことなのだと。彼の本来の気質は何も変わってはいないのだと。そう、信じていたかった。
幼かったあの日、小さな光を見た。インフォームドが担っていく未来の灯火のように、消えることなく輝き続ける光を見たのだ。だから、彼は思う。名を呼ぶことを赦された自分だからこそ、やらねばならないと。インフォームドを、止めねばならないと。
「…………お前は、俺が止めてやる。」
只一人の従弟に捧ぐ、それは忠誠にも似た一途な願い。