見返り美人(レディーレナとキャッツアイ)
「お久しぶりですね、姫君。」
「まぁ、お久しぶりねキャシー。随分とご無沙汰だってのではなくて?」
「ははは。旅から旅を続ける身故、お許しを。」
「ええ、構わなくてよ。そのかわり、今宵は貴方の武勇伝を聞かせて頂きたいわね。」
「その程度で宜しければ、喜んで。」
にこやかに微笑むキャッツアイを見て、レディーレナも微笑む。この美貌の王女を前にして、動揺しない男は彼と身内ぐらいだろう。レディーレナの美貌は見るモノ全てを魅了する程のモノで、尚かつその優しげな微笑みと来たら、まるで女神のようにといわれるのである。
先を歩くレディーレナの背を、キャッツアイは追いかける。その栄誉に預かる自分は随分と幸福だと彼は思う。常日頃彼女の背後を固めている美貌の宰相閣下は、今日は忙しくも朝から晩まで会議漬けなのだという。護衛の兵士に聞いたのだから間違いはないだろうが、逢えないのは退屈だとキャッツアイは思う。せっかく彼にも会おうと思ってきたのにと、小さく一人ごちてしまう。
「ところで、キャシー。今度は何処へ行っていたの?」
「とりあえず、白の王国に。」
「あらまぁ。ではやっぱり、ミリーが話していた恩人は貴方なの?そうよね。片眼を隠した美貌の旅人で、尚かつ凄腕となると貴方ぐらいですもの。」
「…………王女ぉ…………?」
どういう意味ですかと問いかけて、止めた。振り返るその角度の横顔が、ますます美人だと思ってしまったのだ。それに、この王女は実は結構抜けたところがあるので。今更その事をどうこう言うのも馬鹿らしく、従って大人しく口を噤むのであった。
この美人が、只一人恋愛対象としてみるのが、又従兄弟の宰相閣下。勿体ないと、キャッツアイは思ってしまう。確かにデルトーニア・ラトラスという男は美貌で遣り手ではあるが、性格の面では遙かに一般人より下の方に位置していてもおかしくはないのだ。むしろ冷徹冷淡、人間味に欠けると言いたい放題言われている男である。
だがしかし、キャッツアイは知っている。デルトーニアという男は、一度内側に取り込んだ者に対してはひどく優しい。それも、誰より愛する姫君に対しては例外的なまでに。いっそ盲目的なまでに彼女を愛するのである。ただ、それが傍目に殆ど解らないのが、彼の青年の不幸であろう。
「あいつもなぁ、もう少し感情表現が素直になればいいのに……。」
レディーレナに聞こえない程度の声で呟く。それでも、キャッツアイはデルトーニアを好いている。その、何処か感情の一部が欠けたような人格の有り様を含めて。或いは、欠けていると知っているからこそ、尚の事彼の人を慕うのかもしれない。自信もまた、歪であると自覚している彼だからこそ。
「そうそう、美味しい紅茶が手に入りましたのよ。ご一緒にいかが?」
「光栄です。」
「すぐに仕度させますわね。」
にこやかに微笑むレディーレナ。その美貌を見て、見返り美人の見本だな、と彼は思った。そしてまた、そんな彼女を慕う自分も自覚する。とはいえ、それが恋愛感情になる事はないだろう。恋愛よりも友情をとりたい性格なのである。
この美人を独占する宰相閣下に、後でたっぷり冷やかしを言ってやろうと彼は心に決めるのであった…………。




