永久凍土(ガレルドとアスティー)
永久凍土のように冷え切った、その心を溶かすのは小さな微笑み。
それは、果たして現実だったのか。呆然と、その場に佇んだままで、アスティーは目を見開いていた。何が起こったのか、彼には全く解らなかった。ただ解っているのは、そこに、ガレルドが倒れているという事実だけ。血にまみれた長年の親友が、ぴくりとも動かずにそこにいた。
「ガレルド団長!」
「団長、しっかりして下さい!」
慌てたように、アスティーの脇を駆け抜ける青年が2人。両者とも20代の後半と見え、片方は小柄、片方は長身であった。前者がガレルドの副官であり、後者がアスティーの副官である。副官達も交えて仲の良い彼等なので、それ自体は決して不思議ではない。
ガレルドの、ぐったりとした身体を彼の副官である青年が抱き起こす。慌てて応急処置に取りかかるのが、アスティーの副官。その光景を、アスティーは呆然と見ていた。何が起こっているのか、彼には本当に解らなかったのだ。行方不明だった親友が見つかったのに、彼は屍の山の中に倒れていた。まるで、闘神の最期のように。
…………最期?
有り得ない。そんな事は、起こって良いはずがない。そう、アスティーは怒りにも似た感情を持て余す。ガレルドが彼をおいて、彼に断り無く死ぬ事など、あってはならないのだと知っていた。この親友は、何があっても自分の傍らに続けるのだから。そう、誓ったのだ。お互いは、死の時までも互いの傍にいようと。
「…………ガレー?」
「しっかりして下さい、団長!俺が解りますか?!」
「アスティー団長、ガレルド団長が……ッ!」
「……ヲイ、何を間の抜けた事をしている、ガレー。」
「……団長?」
「さっさと起きないか、この馬鹿が。俺をいつまで待たせるつもりなんだ?ヒトに捜させておいて、良いご身分じゃないか。」
「団長、何を仰っているんですか!」
叫んで、彼は後悔した。自分に向けられたアスティーの瞳が、その黄金色の輝きが凍り付いている。一欠片の温もりも宿さない、冷たい双眸。この人にこんな瞳ができたのかと、彼は恐怖に凍り付く。
ぐいっと、アスティーはガレルドの腕を引いた。しかし、力無く垂れ下がった腕は彼の願いを叶えなかった。血にまみれたガレルドの頬を張る。高い音が響き、副官2人が卒倒しそうな勢いでアスティーに叫んだ。何をするんですかという叫びすら、アスティーは聞き流す。
冷え切った、心。その心の一部が、ひどく痛い。その冷たさに凍り付いていきながら、拒絶するように痛みを訴える。自分がどうにかなってしまいそうだと、アスティーは思った。
ぴくり。小さく、だが確かに指が動いた。皆が彼の名を呼ぶのに対して、薄く瞼が開かれる。小さな微笑みを浮かべて、彼は親友の名を呼んだ。
「……アス……。どう、した……?」
「…………ッ、寝言は、寝てから言え!」
「……安心しろ。お前の敵は、全部、倒し……た。」
「誰が何時頼んだ!こんな阿呆共など、俺が正面からどうにでもできた!」
「知ってる。だけど、俺が……嫌だったんだ……。」
後で説教は聞いてやるよ。口元に小さく笑みを浮かべた後に、ガレルドは意識を手放した。叫ぶ副官達の傍らで、アスティーは泣いた。自分を護る為に生命すら危険にさらした親友の、その愚かさと紙一重の深すぎる思いに、涙を流す以外の術がなかった。
生命を狙われていた事ぐらい、知っていた。けれど、そんな事どうにでもできたのだ。彼がここまでボロボロになる必要など、無かった。それでも今は、ガレルドが生きている事に感謝した。ただ、それだけだった。
この凍てついた心の封印は、お前にしか解けないのだと呟く……。




