暮れ泥む(ガレルドとアスティー)
落日が空の端を緩やかに染めていた。返り血を浴びて尚神々しく立つ銀髪の少年。その傍らに、血にまみれた剣を軽く振る漆黒の髪の少年がいた。彼等の周りに、生きているモノはいない。全てが、死していた。
暗闇を引き連れ始めた空と対照的に、落日が輝く空の端はどこまでも明るく穏やかで、いっそ毒々しい。その緩やかな朱を受けて、アスティーの銀髪が紅に染まる。それはまるで血まみれの死神のようでありながら、他の何よりも清廉とした神々しさを残していた。
「アス。」
「これで、終わったのか?」
「……あぁ、終わった。敵はもう、いない。」
「殺したところで、あいつらは戻らない。……こんな、外道共の為に……ッ!」
「……アスティー……。」
ギリギリと歯を噛み締めて、アスティーは呻く。唇の端が切れて、つぅっと鮮やかな血が顎を伝って地面に落ちた。怒りが痛覚をマヒさせているのか、アスティーは痛みを訴えはしなかった。ただ、怒りに震える黄金色の瞳が、既に動かなくなった屍人形達を見ていた。言葉すら、忘れてしまう程に。
夕暮れの中に溶け込む、血まみれの白銀の戦士。足下に転がる死体すら一枚の絵画に溶け込ませる程の、美貌。見る者全てを魅了し、そうでありながらそれに気付かない純粋で残酷な白銀の君。王家に連なる証のように、その黄金色の瞳だけが人間を超越して映る。まるで、手の届かない所にある存在のように。
返り血を浴びて重くなった漆黒の髪を、ガレルドはすっと指で梳いた。こびり付いた血液のカタマリが絡まり、彼の長い髪を絡め取っている。それが死者の怨念だというのならば、その程度のモノかと彼は思う。彼等が失ったモノに比べれば、その程度が何とするかと、そう思う。大切な部下達を半数以上殺されて、何故平然としていられるだろう。
彼等の未熟ではなかった。卑劣な裏切りの所為だった。だからこそ、これ程までに怒りが全身をかけるのだと、ガレルドは知っていた。もしも自分達の未熟の所為だったというのならば、この怒りは自分に向けるだけで収まり、何とかできたのだと思う。
「戻るか、アス?」
「まだだ。」
「アス。」
「まだ、駄目だ。」
何が、どう駄目なのか。けれどガレルドは問いかけたなかった。地面に跪き、嘆くように呻きながら大地に両掌を押しつけるアスティー。彼が何をするのかを、ガレルドは知っていた。その唇が、小さく唱える言葉が何であるのかも。
それこそが、アスティーの身体に黄の王国王家の血が流れている証。オパーリア王家の血に連なる者にだけ許される、大地の力を借りた魔法。本来彼はそれを拒み、その力を封じてきていた。それでも、今はその力に頼るのだと、ガレルドは思う。悲しみに暮れたアスティーの声に誘われるように精霊達の力が終結し、そしてやがて、大地が震え、彼等が殺した敵対者達の肉体を呑み込んでいく。
ガレルドとアスティーの周辺だけは、大地が揺れない。それが彼等に好意を抱いている精霊達の心遣いだと、知っていた。母なる大地に呑み込まれていく屍人形達を、ガレルドは静かに見ていた。彼等には、故郷に戻る資格すらありはしない。何も語らないアスティーの背中が、そう語っているように思えた。
全てが大地に呑み込まれ、まるで何もなかったかのように修復される。血痕の後には緩やかに緑の新芽が現れて、やがて全てを覆い尽くす。力を使いすぎたのかぐらりと傾いたアスティーの身体を、ガレルドは支えた。全てを見届けて、誇り高い少年騎士は、意識を手放した。その頬を伝う涙を、ガレルドは指先で拭う。
「相変わらず、全てを自分で背負い込もうとするんだな、お前は。」
少しは頼れと、小さく呟く。聞こえていないと解りつつ、恨み言を言ってみたくなった。意識を失った身体を、そっと背中に背負い上げる。既に一体の屍人形もなくなった荒野を見詰め、ガレルドは口元に笑みを刻んだ。何故笑うのかは、彼にも解らなかった。
落日の光の下を、彼等はゆっくりと戻っていく。




