艶やかに(オージェムとジェームズ)
輝き誇る大輪の華のように。血にまみれて尚輝き続ける戦神のように。何処までも残忍に映るその冷たい笑顔が。他のどのようなモノよりも艶やかで、ただ美しい。
それ故にその笑みは、他の何よりも彼を不幸たらしめる。
夜の闇の中を走り抜けていくオージェの姿がある。満身創痍。そういってもおかしくはない程に身体のあちこちに傷を作り、けれどその表情は何一つ光を失ってなどいなかった。
既に護衛対象であるサラマンドラを他者に委ねた彼は、只一人囮を買って出た親友の姿を求め、夜の森を走っていた。別段、ジェームズの身を案じているわけではない。どちらかといえば、彼等を襲ってきた者達の身を案じていると言った方が正しいだろう。
ジェームズ・ライールは、猫かぶりの天才ではあるが、元来攻撃的な男である。その彼が、体裁を取り繕う必要がない時に、どういった行動に出るか。最近は確か皮膚細胞の切除や縫合に拘っていた気がする。物凄く怖い想像に、オージェは思わず足に力を入れて地面を蹴った。
月明かりの下、反射する鮮やかな黄金色がある。それが親友の髪である事は疑いようもなく、彼はほっと安堵の溜め息をついた。少なくとも、親友が害されている事はないようであった。それだけが、微かな救いだろう。ただ、彼の人の足下には、既に動く事もしない男達が転がっていたが。
「ジェム。」
「…………遅かったな、オージェ。終わらせてしまったぞ。」
「そう、か。王子は既に安全圏にお連れした。俺達も戻ろう。」
「この状態で?私が戻れると思うのか?」
「…………ジェム?」
「血の臭いが、取れないだろうが。」
低く落とされた声で、彼はそう呟く。はっとしたオージェを見て、笑う。冷たく冷え切った、感情の一部の麻痺した笑顔。不器用な感情表現の一端が、彼の人の哀しみをその笑みに封じる。
そっと、オージェは腕を伸ばした。けれど、ジェームズはすっと身を退いて、その腕を受け入れない。血の臭いが移るぞと、淡々と告げる。そんな事はどうでも良いとオージェが告げようとした瞬間、毒々しいまでに美しい笑みがジェームズの顔に浮かんだ。
歪んだ笑み。冷え切った笑み。何かが欠けた笑み。そしてそうでありながら、オージェを惹き付けて止まない笑み。
あぁ、この親友には、俺がいなくては駄目なのだ。そんな事を彼は思う。ジェームズには俺がいないと、精神の安定を保てないのだ。その事実を彼は今更のように噛み締める。
「帰ろう、ジェム。」
「……だから、血の臭いが……。」
「王子に会う前に洗い流せばいい。誰かに言われたら、俺の巻き添えで返り血を浴びたと言え。それなら、誰もお前を疑わない。」
「…………オージェ…………。」
「だから、戻ろう。王子が心配している。」
「……アァ、そうだな。」
そういって微笑んだ笑顔は、やはり艶やかで美しかった…………。




