微睡む(オージェとジェームズ)
この微睡みを導いてくれる、優しい温もりに感謝しよう。
うつらうつらと、黄金色の頭が揺れる。かくんと倒れそうになった頭を、慣れた手付きで支える腕がある。傍らで今にも眠りこけそうになっているジェームズを見て、オージェは苦笑した。彼の視界には、マーキュリウスと騒ぎながら喧嘩をしているサラマンドラの姿がある。何の事はない、いつも通りの光景である。
この所忙しかったからなぁ……。そんな事をオージェは思った。建国祭もようやっと終了し、彼等の仕事量も通常通りに減った。その忙しかった時間の間、果たしてどれだけの睡眠時間を取っていたか。元々睡眠時間が少なくても平気な護衛役のオージェと異なり、ジェームズは随分と睡眠時間が足りなくて辛そうだったのを思い出す。
眠れば、と小さく声をかけた。その瞬間、ぱっと目を見開く。薄茶色の瞳が、猫かぶりの状態のままでそんな事はできないと語る。器用なヤツだと思った彼に罪はないだろう。普通寝起きの時というのは無防備に本性がさらけ出されるというのに、彼は見事に猫かぶりだ。流石15年被り続けた二重三重の猫。全然褒めていないという事に、オージェは全く気付いていなかった。
「冗談抜きで、本気で眠っておけって。倒れるぞ。」
「しかし、こんな昼間から、王子の御前で……。」
「王子なら、サフォー王子と一緒に遊んでるから、こっちの事何て見てないさ。何か用事を言いつけられたらちゃんと起こしてやるから、少し寝ろよ。」
「……ん。」
「肩、貸してやるから。」
「…………悪、い……。
既に起きているのが辛かったのだろう。こてんとオージェの肩に頭を預けた状態で、ジェームズはすぐに眠りに落ちた。早い早いと、感心した口調でオージェが小さく呟いた。そして、手を伸ばして脱ぎ捨てて置いた上着を取ると、ばさりとジェームズの身体にそれを掛ける。何をしようかと空を仰いだ顔は、少しだけ嬉しそうだった。
甘いのだ。オージェ・ロウという男は、ジェームズ・ライールに死ぬ程甘い。たとえサドの本性に苛め抜かれて大怪我をしても。理不尽な言い分で八つ当たりをされたとしても。何があっても彼は、ジェームズを赦してしまう。彼のする事ならば、平然と受け入れてしまうのだ。
何故だろうかと、考える。けれど答えは出なかった。ただ、ジェームズの傍らは、幼い頃からずっと心地良かった。確かに虐められるのは辛かったが、それでも、不思議と。何というか、自分が自分らしくいられる場所のような気がして、心地良かったのだ。
「……眠ってると、天使みたいなんだけどな、お前も。」
起きている時に言ったら、絶対に殺されるような台詞である。ただ、黄金の神に縁取られた色の白い肌の美貌は、見ていて天使を連想させる。常の猫かぶりの穏和な微笑みもまた、それに相応しいだろう。本性のジェームズならば、さしずめ黒い翼の天使というところだろうか。
暖かな日差しが降り注いでくる。アァ、眠い。こちらは睡眠不足ではなく、単に昼寝日和な陽気に誘われてだが。まぁ、いいか。起きていたらジェームズが死ぬ程怒りそうな事を考えて、オージェは目を伏せた。用事があったら起こすだろうから、俺も寝よう。安直な事を考える男である。
ジェームズの頭に頭を預けるようにして、眠る。うららかな日差しも、心地良い爽やかな風も、眠りを誘う。そして何よりも、傍らにいる人の存在が安堵を与えてくれた。不思議な程にお互いが、お互いを素でいさせてくれる、優しい温もりだった。他の誰に何と言われても。
この優しい温もりを愛しみながら、これから先も生きていこう。




