衝動的に(オージェとジェームズ)
解かれたままゆらゆらと靡く黄金色の髪。その髪の美しさに魅せられたかのように、思わずオージェは手を伸ばした。衝動的とも言える動きに髪を掴まれて、ジェームズが思わずがくんと体勢を崩した。倒れ書けた身体を抱き留めたオージェは、睨み付けてくる親友の瞳を見て苦笑した。
「ごめん。」
「お前は私を転けさせるつもりだったのか?」
「いや、ちょっと……。」
「ちょっと、何だ?」
「…………お前の髪って、綺麗だなぁと思って。」
「…………そうか、そうだったのか、オージェ。そんなに針治療の実験体になりたかったのなら、そういってくれたら良いんだぞ?」
「……や、遠慮します。」
ニッコリと、この上ない程爽やかに綺麗に笑うジェームズ。だがしかし、その瞳が全く笑っていない事、むしろサド根性丸出しの怖い程冷え切った光を宿している事を、彼は見抜いた。ぱっとジェームズの髪から手を離して、愛想笑いをする。
ボカリと、音を立ててジェームズがオージェの頭を殴った。この馬鹿者、唐変木、考え無し、間抜け、独活の大木、等々暴言の数々をぶつける。素晴らしいと感心したくなるのは、まったく同じ言葉が一度も飛び出さない事だ。いったいどうすればここまでヒトを罵倒できるのだろうかと、オージェは思う。もっとも、付き合いが長い為にネタは山程あるのだろうが。
「あまり阿呆な事ばかり言っていると、本気で殺すぞ?」
「無理だろう?」
「…………オージェ?」
「いやだって、お前、結構俺の事好きだし。」
「…………自惚れもそこまでいくと見事だな。針刺すぞ。」
「止めろって、それ。跡残るし、明日周りに突っ込まれる。結構大変なんだぞ?お前猫かぶりしてるから、お前にやられたなんて言えないし。」
「だったら私を怒らせなければいいだろう?」
「怒らなくたってやるくせに…………。」
「何か言ったか、オージェ・ロウ?」
「いえ、何でもありません…………。」
俺って立場弱い、と彼は小さく呟いた。とはいえ、本当はそれ程負けているわけではない。ただ単に、オージェは基本的にジェームズに甘くてしょうがないのだ。彼がやる事を殆ど容認してしまうのだから、これはもう天然記念物モノである。
小言を右から左に聞き流しつつ、彼は考える。何故、今更彼の髪に手を伸ばしたくなったのか。長い付き合いなので、飽きる程見ているはずなのだが。いったいどうしてだろうかと考えている彼は、けれど端から見ると真面目に話を聞いているようだ。コレも、ジェームズとの長い付き合いで身につけた特技である。
昔から、好きだった。明るくて眩しい黄金色の長い髪。いつもしっかりと手入れされた髪は、他のどんな貴婦人のモノよりも綺麗だった。太陽の輝きを封じ込んだという形容が相応しいだろう髪も、その髪に覆われたジェームズの顔立ちも、何もかもが好きだった。他の、何よりも。
「……んー、俺も馬鹿かねぇ……。」
「何か言ったか、間抜けの大馬鹿。」
「あぁ。俺がお前の事大好きだって話。」
「一度死んでくるか?地獄見物も楽しいと思うぞ。」
「いやー、俺きっと天国行きだと思うぜ。んで、向こうで死んだ祖父さんに会う約束したし。」
「安心しろ。呪いをかけてでも地獄に叩き落としてやる。」
「…………何で?」
「…………。」
一瞬真剣な顔をして黙り込んだジェームズである。つられたように真顔になるオージェの額を叩いておいて、彼は何事もなかったかのように踵を返した。去り際に囁かれた言葉の意味をオージェが理解したのは、バタンと閉まった扉の音で我に帰った瞬間だった。
——…………私はどう足掻いても地獄行きだから、お前も道連れにしてやるよ。




