遠く、近く(オージェとジェームズ)
付かず離れず側にいる。たとえ誰が去っていっても、互いだけは去らない。何があっても繋がっている、絆がある。遠く、近く、誰よりも必要な相手だからこそ。
珍しく寝込んでいるオージェ・ロウの寝台の傍らには、書類の束を読み耽っているジェームズ・ライールの姿があった。黄金色の髪に薄茶色の瞳を持つジェームズはかなりの美形で、そうやって静かに真剣な顔をして書類と睨み合っていると、誰もが思わず見惚れてしまいそうになる程の輝きがあった。
熱に浮かされて呻くオージェの、朱金色の髪が汗で額に張り付いている。固く閉じられた瞼の奥の薄紅色の瞳を、ジェームズは誰よりよく知っていた。その色彩を彼が持っているのは、僅かに王家の血を引いている所為だが、その事実を常は誰もがついうっかりと忘れてしまっている。オージェ・ロウという青年は、とても貴族には見えない程に庶民的で、誰にでも屈託なく接する事ができるのである。
そっと、ジェームズはオージェの額の汗を拭ってやった。彼が寝込むのは、幼かった子供の頃以来だと思う。そのころはまだ自分を偽り仮面を付ける事など知らず、表だってオージェに対して様々な虐めを実行していた気がする。彼が寝込んだ原因の殆どは、ジェームズの悪戯の所為だった気がするのである。たとえば、真冬に湖に突き落としてみたり、ダーツの的にしてみたり。今振り返ってみても、何て素晴らしいサド人生を歩んできたのだろうかと、思う。
オージェにとっては、何も嬉しくはないだろうが。
そのくせオージェは、どんな目にあってもジェームズの側を離れなかった。あるいは、自分が止めなければこの親友は止まらないと思ったのか。それとも、そういった部分を含めてジェームズを受け入れてくれたのか。面と向かって問いかけた事はないので、ジェームズには解らない。
「一兵士を庇って毒矢を受けての発熱だなどと、情けないと思わないか?お前はガーナ王子の護衛役でもあるんだぞ?本業を疎かにするな。」
「…………ッ、あ…………。」
「…………馬鹿者。」
苦しげに呻くオージェの額に再び浮かんだ汗を拭ってやりながら、ジェームズはまた不機嫌そうに息を吐いた。こんな風に弱った姿を見せられるのは好きではなかった。彼は何があっても平然としているから、サドの欲求に従えたのだ。弱ってしまったオージェを見ていると、何故か胸の奥が痛んだ。
再び視線を書類に戻して、ジェームズは意識をオージェからはずした。早く目覚めてくれと、無意識に願う。いつものように、ふざけた物言いが聞きたかった。こんな風に苦しんでいるオージェは、見たくなかったのだ。そしておそらく、オージェもジェームズには見せたくなかったのだろう。
自分が庇った兵士の無事を確認した直後、オージェが口にした言葉をジェームズは伝えられていた。何があっても、ジェームズだけには言うな。俺は大丈夫だから、あいつにだけは絶対に言うんじゃない。そんな無茶苦茶な事を口走った次の瞬間、オージェは倒れたという。
兵士はその言いつけを守ったが、サラマンドラに伝えた事で、ジェームズに伝わった。そのおかげで、彼は今、こうしてオージェの看病をしている。ご丁寧に、王子自ら休暇を与えてくれたのだ。オージェが元気になったら、二人で復帰してこい。笑って告げたサラマンドラの優しさに、ジェームズは苦笑したくなった。
「お前、また王子に頭が上がらなくなるぞ?」
「…………ぅあ?」
「気づいたのか?王子がな、お前が元気になるまでは、私にも休暇をくださった。」
「……んで、お前……。」
「兵士はお前の言いつけを守ったぞ。私は王子に聞いたんだ。」
「……意味の、ない事しやがって……。」
低く呻いたオージェを見て、ジェームズは笑った。泣き笑いにも似た笑顔だった。オージェは、それが見たくなかったのだ。こんな風に弱さをさらけ出すようなジェームズが、見たくなかった。自分が傷つけた事を自覚するからこそ。
詰まるところ、どっちもどっちだった。お互いにお互いの弱ったところを見せたくなかった。それはわがままと紙一重かもしれなかったが。それでも、彼らの直向きな思いである事にかわりはなかった。ただ、それだけだった。
付かず離れず側にいる。たとえ誰が去っていっても、互いだけは去らない。何があっても繋がっている、絆がある。遠く、近く、誰よりも必要な相手だからこそ。




