小さく笑む(オージェとジェームズとサラマンドラ)
その姿に愛おしさを感じたから、そっと小さく笑うのだ。
「ジェム。」
「何でしょうか、ガーナ王子?」
「……ん、眠い。」
「それでは、今日はもう休みましょうか?」
「うん、寝る……。」
まだ10歳にも満たない王子は、コクンと小さく頷いた。見事な朱色の髪を優しく撫でて、ジェームズは微笑む。長い黄金色の髪が肩から滑るのを見て、無邪気にサラマンドラはそれに手を伸ばした。引っ張られて少し痛かったが、ジェームズは穏やかな笑みを浮かべてサラマンドラを抱き上げる。そしてそのまま、隣室である寝室に向かった。
ベッドの上にサラマンドラの身体を降ろすと、ジェームズは隣の椅子を引き寄せようとした。けれど、サラマンドラはジェームズの腕を掴んで離さない。どうしようかといった顔をした彼を見て、少年は懇願の表情を作る。思わず、普段の猫かぶりではなく本心で、拒絶できなかった。
「王子?」
「一緒に、寝て。」
「…………は?」
「今日、怖い話聞いた、から。だから、一緒に、寝て?」
「………………解りました。」
苦笑しながら、ジェームズはサラマンドラの横に身体を滑り込ませる。まるで子猫が親猫にすり寄るかのようにやってくる幼い身体を、思わず反射的に宥めるように抱きしめていた。そうしてしばらくしていると、幼い寝息が聞こえてくる。
「……怖い話なんて、いったい誰がしたんだか……。」
おそらくは気紛れな女官達だろうと、思う。とりあえず、一番やりそうな相棒はすぐに除外した。そういう事をやりそうに見えて、意外にふざけた悪戯はしない男なのだ。他の誰が信じなくとも、ジェームズだけは知っている。
そのまま、うとうとと眠気が襲ってきた。ここで寝ろと言われたのだから、そのまま寝ても良いのだ。それは酷く楽な事だなと想いながら、幼い身体を抱きしめて目を伏せる。子供の体温に包まれるのは悪い気分ではなく、珍しく、随分とあっさりと眠りの海に落ちる事ができた。
それからしばらくして、遠慮がちに扉が開かれる。しかし眠っている二人が気付くわけもなく、人影はゆっくりと部屋に入ってきた。既に主達が眠っているので灯りは消されているが、彼はまるで夜目が利くかのようにあっさりベッドまで辿り着いた。
「……こいつ、何でここで寝てるんだ?」
ぼそりと呟いたのは、オージェである。いつまでたってもジェームズが寝室に戻ってこないので、迎えに来たのだ。いつもならばサラマンドラに本を読んだ後、すぐに戻ってくる。自室で軽く何かを呑んでから、眠るのだ。それを確認してからオージェは寝るのであって、だからこそ呼びに来たのだが。
目の前で眠る二人を見て、起こすのは止めた。ジェームズにしっかりとしがみついているサラマンドラは可愛かったし、そんなサラマンドラを抱きしめているジェームズも、結構可愛い。何というか、本性を知っているからこそ、余計にそう思うのだ。口を開けば悪口雑言しか飛び出さないサド人間も、寝ていれば可愛いらしい。
「いつもこれなら、俺も苦労しないんだけどなぁ……。」
そういいながらも、普段の本性のジェームズも充分気に入っているオージェである。そっと、ジェームズの黄金色の髪に触れてみた。一瞬、身動ぎしたが、彼は起きない。くつくつと、ジェームズは喉の奥で笑った。本人には言わないが、こうしていると、まるで普通の少年だ。
「良いモノ、見せて貰ったよ。サンキュ。」
小さな微笑みを残して、オージェは自室へと引き上げていった…………。




