花言葉(オージェとジェームズ)
目の前には、何故か見事な銀木犀。一瞬眉間に皺が寄るのを止められないジェームズ・ライールである。そして次の瞬間、彼はゆっくりと背後を振り返った。端正な美貌に凄味のある笑顔を浮かべて、親友を見る。それを平然と受け止めたオージェ・ロウは、在る意味賞賛されてしかるべきであろう。
「オージェ?」
「ん?何だ?」
「この意味不明な銀木犀の山は何なのか、速やかに私に説明してもらえるか?」
「俺からのプレゼントだ。綺麗だろう?」
「…………この腐れボケ。」
「お前、誰もいないと解ると、途端に素に戻るよな…………。」
一応此処も王宮だぞ、という相棒の言葉など、聞いてはいない。背後にブリザードを背負ったジェームズを見て、よく落ち着いていられるものである。もっとも、幼なじみ兼親友兼相棒として長年共に生きていれば、嫌でも慣れてしまうのかもしれないが。がしがしとうっと押しそうに髪をかくジェームズを見て、オージェは笑う。
窓際に飾り倒した銀木犀へと歩み寄り、その香りを嗅ぐ。決して、ジェームズも銀木犀が嫌いなわけではない。ただ言いたいのは、何故いきなり自分の部屋に持ってくるのか、という事だ。返答次第によっては、思いっきり虐めてやると決意する。さすが、普段猫被りで鬱憤を溜めまくっている毒舌サド。考える事が非常に物騒である。
不意に、ジェームズの眉間に寄っていた皺が、消える。何かを思い出したかのように、驚愕に見開かれる薄茶色の瞳をオージェは見ていた。どうかしたかと呑気に問いかける相棒の、いつもと変わらない笑顔。その紅色の瞳に浮かぶ、微かな温もりを見つけてしまった。悪戯好きな子供のような笑みに隠れた、不器用な優しさ。
「…………お前、花言葉を知っていて、持ってきたのか?」
「俺がそんなもの知ってると思うのか?綺麗だったから持ってきただけさ。」
「オージェ。」
「何だよ、ジェム。人の言葉を少しは信用しろよな。」
「だからって、お前、何も、こんな…………。」
その先は、言葉にならなかった。あまりにおかしすぎて、唇から笑いがこぼれ落ちる。失礼な奴だなと憤慨するオージェの顔を見て、ジェームズはまた笑った。これはお前が悪いんだと、声には出さずに心の中で突っ込みを入れておいた。
その淡い香りに誘われるように、ジェームズは窓際に歩み寄る。銀木犀の花に口付けて、傍らの親友を振り返った。いつもと変わらない、飄々とした笑みがそこにある。一種のポーカーフェイスと全く同じ役割をはたす笑みが。
「…………いいだろう。喜んで、受け取ってやる。」
「そうだとも。人の好意は是非とも積極的に受け入れろ。」
「オージェ。」
「あ?」
「お前、馬鹿だな。」
馬鹿とは何だとつぶやくオージェに、ジェームズは笑った。その笑顔が、猫かぶりではないのに優しいことに気づいて、一瞬明日は雨だろうかと考えてしまったオージェに罪はないだろう。彼の場合、今までの生活が今までなので。
そんなオージェを見ながら、やはりジェームズは笑っていた。なんて不器用な、そしてなんて優しい相棒だろう。時折こんな風に突拍子もない事をするが、それさえ愛おしい。他の誰でなく、オージェだからこそ。
銀木犀の花言葉は『気を引く』という事…………。




