空へと溶けゆく(オージェとジェームズ)
この想いも何もかも、空へ溶けていく。
ジェームズはゆっくりと目を開けた。眠そうに薄茶の瞳を擦り、額にかかる黄金色の髪を掻き上げた。いったい何処で眠ったのだろうかと思いながら、彼は身を起こす。そこは見慣れた部屋では会ったが、彼の部屋ではない。少しだけ首を傾げて、部屋の主の姿を探した。
彼が眠っていたベッドの脇、ソファの上にその男はいた。窮屈そうに長身を丸めて眠る、朱金の髪の青年。幼い子供のような無垢な寝顔を見て、ジェームズは人知れず笑みを浮かべた。そんな顔をされると、思わず虐めたくなって仕方がない。むくむくとサド心が鎌首を擡げ始めるが、ここは一応王宮の一端なので諦めた。誰かにばれると厄介である。
「オージェ。」
「……んあ?」
「おはよう、オージェ。私はいったいどうしたのだろうか?」
「夕べ酒で酔いつぶれてた。とりあえず、誰もいないぞ?」
「そうか。ならば遠慮はいらないわけだな。」
「ホントお前って、豹変ぶりが素晴らしいわ……。」
やれやれと肩を竦めたオージェを見て、ジェームズは小さく笑う。しかし、何故だろうかと思う。記憶が確かならば、それ程酒を飲んだ記憶はない。だいたい、元々それ程強くないのだから。
そんな彼の思いを感じ取ったのか、オージェが苦笑混じりに身を起こしながら言葉を続けた。薄い紅色の瞳が柔らかな笑みを形作るのを見て、相変わらず身内にはことごとく甘いなと、ジェームズは他人事のように思った。
「ヤケ酒やってたんだよ。何が気に入らなかったのかは知らないけど。」
「……そんな記憶はないぞ。」
「お前、酔っぱらうと記憶が飛ぶからな。」
「傍にいたか?」
「いたぞ、一応。まぁ、俺は剣の手入れをしてたが。」
「私はいったい、何でそこまでヤケ酒をしていた?」
「さぁ?」
心底解らないと言いたげなオージェ。いったい何故だろうかと考え込むジェームズ。しばらく考え込んで、彼は気付いた。いったい何がそこまで気に入らなかったのかに。気付いて、けれどできるならば口にしたくはないと思った。
「思いだしたのか?」
「…………あぁ。」
「いったいなんだったんだ?」
「気にするな。些細な事だ。」
「ヲイ。」
まだ何か言いたそうなオージェに向けて、針を取り出した。最近針治療に凝っているジェームズである。ついでに、まだ人体実験はやった事がない。ニッコリ笑ったその笑顔の意味を、オージェは正確に理解した。これ以上言うならば、お前を実験台にしてやる、である。
「解った、ジェム。俺が悪かった。」
「解ればいい。」
「とりあえず、俺は朝の訓練に出てくるからな。せめて俺が戻るまで食事は待ってろよ、一人は寂しい。」
「気分次第だな。」
「この野郎。」
俺はお前の世話を焼いてやったのにとぼやきながら去っていくオージェを、ジェームズは小さな笑みを浮かべて見送った。けれどその顔が、すぐに歪む。自嘲めいた笑みは、ジェームズには相応しくないように見えた。
「我ながら、馬鹿馬鹿しい……。」
ヤケ酒の意味を、思いだした。気に食わない事があって、浴びるように酒を飲んでいたのだ。その気に食わない事の理由は、絶対にオージェには言えなかった。他の誰に言えても、オージェ本人には言えない。
ずっと一緒だと思っていた。何故か不思議と思っていた。離れていくわけがないと、何があってもそこにいると、信じていた。お互い以上に大切なのは、主君であるサラマンドラだけだと。まるで無垢な子供のように、信じていたのだ。
だから、腹が立った。女官に告白されて、照れていたオージェを見かけた時に。いっそそのままどつき倒したくなるぐらいには腹が立って、けれど王宮で猫かぶりを止めるわけにも行かなくて、止めた。その鬱憤がたまった所為で、ヤケ酒をしていたのだ。
「もう少し、大人になるべきだな……。」
やれやれと、ジェームズは呟いた。多分無理だと思いながら、一応決意してみる。
いつからか芽生えた独占欲も、そっと空へと溶けてゆく。




