仮面を付けて(オージェとジェームズとサラマンドラ)
仮面のように、偽りの性格を貼り付けて。
「何をなさっておいででしょうか、ガーナ王子?」
「今年の収穫量の予測表作りだ。」
「あまり根を詰められては倒れてしまいます。」
「解ったから、そう心配するなジェム。」
疲れたようにサラマンドラは溜め息をついた。心配性で生真面目な側役には、呆れてしまう。ジェームズ・ライールは、サラマンドラの幼少時からの目付役だ。付き合いは長いが、だからこそ相手の心配性ぶりにため息が出るのだ。
そんな事を考えていたサラマンドラの視界に、突如大きな掌が現れた。ぎょっとして見上げた先には、飄々とした笑みを浮かべえる青年が射た。サラマンドラの護衛役である、オージェ・ロウだ。彼は、ジェームズと二人で幼少時からサラマンドラに使えてきた、筋金入りのサラマンドラ贔屓の臣下である。
あっけらかんとしたオージェの態度に、ジェームズは眉間に皺を刻んだ。生真面目な彼には、許し難い事なのだろうとサラマンドラは思う。いい加減慣れてしまえばよいと思うのだが。そんなサラマンドラに、オージェはケロリと言葉を紡いだ。
「御友人がお越しですよ。控えの間でお待ちですので、早く行かれた方が被害は少ないかと。」
「あのバカが来てやがるのか?!」
「ハイ。そろそろ退屈される頃合いかと。」
さっと表情を強張らせるサラマンドラに、オージェはにこやかに微笑んでいた。その額に平手を与えておいて、サラマンドラは慌てて出て行く。ケラケラと笑うオージェとは裏腹に、ジェームズは溜め息をついた。
サラマンドラの気配が離れると、オージェは笑いを治めてジェームズを見た。目線の違う相手に合わせる為に、オージェは少しだけ屈んだ。そんな彼を見て、ジェームズは不思議そうな顔をした。やれやれと肩を竦めたオージェが、呆れたように口を開いた。
「相変わらず見事な猫かぶりで。」
「15年ほど被り続けてきた猫だからな。」
「良くまぁ、サドの本性を隠してられるよ。ストレスはたまらないのか?」
「たまるに決まってるだろうが、ボケ。」
「……詐欺だ。」
穏和な笑みが似合う顔立ちから、聞き逃しがたい毒がこぼれる。幼馴染みだったからこそこのギャップに耐えられたのだと、オージェは思う。ふと気付くと、視界に針が光っていた。一瞬本気で身の危険を感じたので、慌てて飛び退く。
「それは何だ、ジェム?」
「最近針治療に凝ってるんだ。」
「良かったな、じゃ!」
「逃げるな、実験体!」
「逃げるに決まってるだろうが!」
ひらりと窓から身を翻して、オージェはジェームズから逃げる。そんな彼の背中を見送って、ジェームズは舌打ちをした。
にこやかな笑顔が、何故か非常に怖かった。




